娯楽/金魚の箱/東京事変 
ほら、可愛いだろう。
嬉しそうにそう言った男の腕の中で、まるまると太った体とちいさくてつぶらな目を持ったブウサギが一匹、誇らしげにルークを見ていた。 それを一瞥し、おずおずと男の目を見れば、同じくらいに曇りのない輝きを宿している。
うわ、やっかいだな。言葉に声を乗せないまま曖昧に笑ってみせれば、それをどう捉えたのか、ピオニーは目を細めてまるで子どものように笑う。 たとえこちらの考えをどう捉えたとしたって、この人のポジティブさが損なわれることなんてありえないのだ。
愛おしそうにブウサギの背を撫でる手は、大きくて慈愛に満ちている。その手はたくさんの命を護る手だ。救う手だ。 自分とはまったくちがうものだ。意味もなくやけに必死でそう繰り返して、否定した。赦されようと思っている浅ましい自分を認めたくなかった。
「どうしたルーク」
完全に飛んでいた意識を半ばむりやり引き戻して視線をやれば、どうやらそれは彼の腕の中でむずかるブウサギにかけられた言葉らしかった。 が、微妙に反応してしまった事を恥じるより先に口は勝手に開き、気がつけば聞き返していた。「今、何て?」
「どうした、と」
「いや、そいつの名前」
一瞬きょとんとしたピオニーはもういちど笑みを深める。そして宝物を自慢する子どものような無邪気さでブウサギを持ち上げた。
「ルークのことか?」
あっさりとのたまった目の前の皇帝陛下様に、言いたい事はたくさんある。たくさんあるのだが、この笑顔の前では何も言えなくなってしまう自分が憎らしい。
「可愛いだろう」
二度目のセリフを口にすると、そのままブウサギのルークに軽く音を立てて口づけた。どうしてだか居た堪れない気分になってくるのを懸命にこらえて、そうですかね、と煮え切らない返事をした。
「可愛いさ。特にこいつは格別にな」
甘い甘い響きでそう呟く様は、皇帝陛下でもただのブウサギバカでもなく、ひとりの男だった。やけに渇く喉でむりやり飲み込む唾液と、厭な予感。
「俺が飼ったヤツは絶対に、可愛がって甘やかして、しあわせにしてやる」
あどけなかったはずの目が、その瞬間、捕食者の鋭い光に染まるのを、確かに見た。
差しのべられている手は、正反対の自分には決してふれてはいけないものだというのに。

(ああ、逃げられない)

これから君に飼われる

2007/10/12