どうしようもないことをどうにかしようとして、足掻き続けることを諦めたその足は立ち止まって、
それはまるで焼きつけるようにして世界という世界を眺めるためにあった。
そして次の瞬間踏み出して、全力で引き留める力も厭わず歩き続けるのだ。終焉へと向かって。
夜中魘されるように飛び起きて、再びの眠りにつけずに朝焼けをひとり待つ。それらは随分昔から知り尽くしてきた習慣のひとつに、最近新たに加えられた。
忌々しいこと。それなのに、彼のすべてを把握できているという優越に浸るのを赦されている気分になる。
何も知らなかった真白な子どもは、どんなに濁りきった何もかもを漂白して、自らがその汚れを吸い込んで傷ついていく。
そのたびに捨てられていく多くのものから目を背けるのをやめるのがとっくに遅すぎることにも気づいていた。
振り向かない背中を見つめる。頼りなかったはずのちいさなその背は、青年の知らぬ間にひとりで遠く離れ、今ではもう昔のように容易に手を伸ばすことすらできない。
あの惨劇から俯くことの多かった顔は今、開け放した窓いっぱいの空を真っ直ぐに見据えている。青年が居なければ歩くことすら侭ならなかった子どもは、いつの間にか自分の足で歩き出していた。その先がどんなものかを識っていて。
「見ろよ、空がきれいだ」
「ああ」
声に促されて見上げれば、夜明けのうすい青に混じる朝焼けの朱が、滲むように拡がっている。しかしこれから始まる一日を、こんなにもうつくしい光景を喜ぶなんて馬鹿なことはできなかった。
だって目の前で笑っている子どもはもう歳を取らない。星の力にも運命にも逆らってまで生まれてきたはずの彼の命は、しかしながらこの世界で生き永らえるには、とてもじゃないが脆すぎて、あと少しももっちゃあくれない。
青年がその手で殺すことを散々躊躇ってきた命は、あと数回数える朝の果てになんともあっさりと消されてしまうのだ。なんて笑える話だろう。可笑しすぎて、涙が込み上げる。
彼は不条理に抵抗する力をとうの昔に捨ててしまっていた。それはどこかやさしさに満ちた免罪のようだった。自分だけが傷つくことを当たり前だと思っている、まるで偽善者の理想論。
しかしその理想論が現実になる日が、必ずやってくるのだ。
「俺は、護りたいよ、この景色を」
「―――ああ、」
いつからか青年は子どもの言葉に頷くしかできなくなっていた。その浅はかさに唾を吐きながら、この部屋で迎えた悲劇のような出逢いからの繋がりが途絶えてしまう日を思って、目を閉じる。
空は強い光に染まって白んでいく。朝が来ることを止められないのと同じように、どうしようもないことを延々と嘆きながら、それでも生き続けていくのだろう。
容易に想像できてしまう未来図には目の前の笑顔はきっとない。
うしないたくないと願うものはいつだって、かなしいと思うより前に、掠めるより先に指先から遠退いて、果てのない喪失感を遺していくのだ。
だけどそれがたまらなく愛しい。泣きたくなるほどにうつくしいその感覚は、あまりにも彼の在り方に似すぎていたので。