娯楽/某都民/東京事変 
見下ろす顔は笑ってしまうほど情けなく歪んで、今にも泣きそうだというのにその目から涙が流れるのを見た事が無い。ただの一度も。
戦慄いた唇が音にならない声で「なに」と問うのを、行動とは裏腹な冷静さで見つめていた。





ほんの偶然で辟易するくらいの人ごみと舞い踊る砂塵のなか、視界に捉えた紅を無意識に目で追いかけ、その先に出遭ったのは赤の双眸。 禍々しく赤い眼の持ち主が確かな意図を以てゆるく嗤う。隣の紅を引き寄せる。何の抵抗も躊躇いもなく腕のなかに収まる身体。 スローモーションのように目の前に流れていく光景を見た瞬間、自分のうちで何かが壊れていく音を聞いた。


そうしてまた幾日か過ぎた夜の淵、蒸し暑い空気と砂埃を孕んだ風に紛れて佇んでいる人影を見た時、沈めていたその記憶がまざまざと蘇る。 怒りにも似た衝動に任せ否応無しに連れ込んだ部屋のなか、耳が痛いくらいの静寂に咎められているような被害妄想を押し殺しながら。
憎いと思う。このまま組み敷いたルークの首を締め上げて赦しを懇願する姿を見たら、どんなにか心が静まるだろう。 そう考えても、身体が動かない。だからふたりは視線を合わせたまま、どうにもならなず揺るがない空間を共有している。
「……どうしたんだよ、なに、したいんだよ、アッシュ」
頑なに怯え続ける瞳は、あの時の従順さがまるで無い。そう思うと、抑えようのない怒りが湧き上がっていく。 それでも動かないはずの身体は彼の意思に無視を決め込んで、こどものように震える唇を宥めるようなキスをした。理性を介さないその行為は、まさに本能のようであった。


正しいのか、間違っているのか、決めてしまえばきっとこの感情はぬるま湯のようにやさしい。
しかしながら彼は、いつもなら携えて決して放さない、はっきりそうと決めてしまえるだけの決断力を、どこかに忘れてきてしまったらしい。まったく間が悪いことに。
葛藤がせめぎあうように、身の内を揺るがすほどに渦を巻く正反対の激しいふたつの流れは、ぶつかりあってまるで思い通りになってくれない。
憎しみとまったく真逆にあるはずの、彼自身が到底理解できないだろうと思い込んでいた制御のできない衝動は、アッシュを日に日に蝕んで近いうち完全に支配するだろう。 そしてそれが正誤の二択をはっきりさせる要因になる事を、獣じみたキスの合間に、彼は確信にちかく感付いている。

is this right? no. is this wrong? no.

2007/12/30
わたしのなかでつまり彼は、ヘタレ攻めなのだという話