秘密基地で息を潜めているこどもみたいに毛布に包まって、手にはホットミルク。準備は万端。
静まりかえった闇はどこまでも広がって、町を呑み込んでいる。星の瞬く音が響いて聞こえそうな、新月の事である。
少女は最近、眠れない事が多かった。夢を見ても、もうここにはいないやさしかった彼が笑う。
彼女はむかし本で読んだ、悪夢を食べてくれるまぼろしの動物を飼っているわけでも、ましてやその夢は完全な悪夢ではなかったので。
しかも更に悪い事に、彼女はその夢にもうひとり、大切なひとが増える予感を水が染むようにじわじわ、感じていた。
そういう時は、宿の台所を拝借して、ミルクを鍋であたためる。そのなかに色々の不安や胸騒ぎの類を入れてかき混ぜながら。
それを飲み下してやっと、海の底のように真っ暗で深い眠りに辿り着く。
そして声をかけられたのが今日。彼は深夜にひとりミルクをあたためている彼女に何を訊ねることもなく、唐突に、「天体観測しよう」と言ったのだった。
同じ毛布のなかで外気を遮りながらミルクを啜る。もちろん今日はふたり分。月は見えなくても星は自分の力で輝き、はっきりとその存在を示している。
そしてルークはひとつ、かつてはまっさらだった傷だらけの指で、煌々と光る星を指さした。
「あれ、超新星っていうんだ」
「なにそれ」
「星のさいご」
いっそ不吉なほど光る星を睨むように見つめながら、このひとってなんて残酷なのだろ、と、アニスは恨めしい気持ちで聞いていた。そして、
こんな酷い話を信じられないくらい穏やかな顔で話す彼の心情をおもって、
泣きそうになる自分を叱った。だって彼はアニスが気づいている事を知らない。
「すごい、きれい」
本当に思いがけず口にした言葉に、星のさいごを教えた青年は満足そうに笑うのだった。
ふたりが初めて出逢った町で、青年と少女はしっかりと手を繋いでいた。心細く、迷子みたいに世界中をさまよって、ようやく再会できた兄妹のように。
その時確かに、言葉では伝わらない、揺るぎない何かで繋がったのだ。零れ落ちそうに犇めく星空の下、
やるせないくらいふたりぼっちの、夜だった。
「星が落ちてきそう」
「流れ星か?」
「うん、そんなとこ」
本当はそんな素敵なものでなく、もっと俗な想像だったのだけれど。アニスは流れ星に願いをかけたって、絶対に叶わないことを知っていが、
そんなもので彼の純粋を傷つけるのは自分であっても我慢ならなかった。せめて彼が見る夢は、とびきりきれいであればいい。
唇からぽつぽつと零れる取るに足らない言葉の裏、彼女はまったく違うことを、どうしようもなく考えている。
たとえどんなに心の奥深いところで繋がっていても、この手が離れるわけがないと疑う余地なく信じていても。
どうしてあたしのだいすきなひとはみんな、出逢ってもすぐにさよならを言わなきゃいけないひとばかりなのだろ。