いい、今までに見た事、聞いた事、口に出した事、行動した事、ぜんぶぜんぶ忘れるのよ。
そうすればあなたはもう何者でもないわ。ただこの世界に生まれて、息をして、十七年を生きてきたひとりの人間になるの。
記憶が無いのはさぞかし不便だろうけれど、大丈夫、すぐに慣れるわ。きっとこれから出逢う人たちみんな優しくしてくれるわ。
髪の色を変えて、ここから遠い場所へ離れて、あなたはただの人間になるの。
そうすればあなたは何にも縛られずに、自由に、好きなように、笑っていられるのよ。ねえ、それって素敵な事でしょう。
そんなありふれた生活って何よりもたいせつなしあわせでしょう。あなたになら、わかるでしょう。
誰も責めたりしないわ。だってこんな世界どうせ滅びる運命だったんだもの。どうしたって変えられなかったのよ、あなたにも、私たちにも。
私の事も忘れたっていいわ、構わないわ。あなたが何処かで息をしていると思えば、私も生きていけるもの。微笑えるもの。あなたが居る世界が私のしあわせだもの。
だからもうぜんぶぜんぶ、忘れるのよ、ねえ、
(そんな風に、云えればよかった、)
「俺が命と引き替えに、……瘴気を中和します」
ここにいる私たちみんな、その声を忘れる事なんてもう、赦されるはずがない。