娯楽/キラーチューン/東京事変 
「なあジェイド、運命って信じるか」

あまりの唐突さに彼らしくもなく閉口していれば、「だから、う、ん、め、い」と質問の主は一字一句丁寧に発音し直した。 ちなみにふたりの居る場所は夜も深い同じベッドの上である。それが何を意味するのかは言わずもがな、野暮な事は口にしないのが紳士淑女の嗜みというもの。
「運命、ですか」
聞く人によれば、それは恋愛の類、果ては生命の誕生から逝去まで、多くの事柄に対して実にロマンティックな響きをもたらす。 しかし彼は生粋の超現実主義者であったので、生憎そのような可愛らしい思考を持ち合わせていなかった。
「それは微妙な所ですねえ。最も運命という存在自体曖昧ですし。万事は全て、あらゆる可能性の結果を繋いだ必然の上に成り立っているわけですから云々……」
「ああもう、あんたって本当面倒くさいな」
毛布に包まって眉を寄せた少年は、どうやら可愛らしい思考の持ち主らしかった(何となく解ってはいた。何と言っても彼は実際のところ7歳児である)。
「まあ、運命が必然を指すというのなら信じます」
「ああ、あんたらしい」
汗で額に張り付いた髪を払って撫でてやれば、くすぐったそうにはにかんで笑う。子ども扱いされるのが嫌いな癖、本当は甘やかされるのが好きだったりする 天邪鬼への対応は今ではすっかり慣れた。時には親のような慈愛も、赤の他人のような叱咤も与えた。 それらすべてこの微睡みのように生温い感情からくるものだなんて言ったら、幼馴染は大口を開けて笑うにちがいない。そしてその後、満足そうに「良かったな」と言う。全く迷惑な事に。 人の心配をするくらいなら自分の身を案じろと何度口酸っぱく言っても、かの人の耳は右から左へ一直線に穴が通っていて、脳へと導く道が無いらしくまるきり通じない。
とは言うものの彼の想い人は既婚者であり、しかもそれは自分の妹。そうであっても「運命の相手だ」と言って憚らないので、ジェイドはとうの昔に彼の華燭の典を拝む事をすっかり見限っていた。
「じゃあ、俺とあんたが出逢ったのも必然」
「そうですね」
「ははは」
笑い出した少年は俯いて枕に顔を押しつけた。くぐもった笑い声は暫くのあいだ止まらず、ひとり取り残されたジェイドを随分神妙な気分にさせた。 そして声が止んでもなお、その身体が震えているのをたまらない気持ちで眺め、抱きしめる。
「だったら、だったら、また逢えんのかな」
未だ枕を通しての不明瞭な声や信じられないくらいの熱を秘めている身体は可哀想なくらい震えて、もし運命というものが本当にあるのなら、いくら呪っても足りないとジェイドは憎むように思った。 生命の誕生から逝去まで、一体これ程までに酷い運命を辿った存在が、後にも先にも何処にあるだろうか。 その一端を担った手が自分のものだと解っていながら、今の今まで信じてもいなかったものを憎む事でしか彼の傍に居られないのだ。
「当たり前です」
ジェイドは、あらん限りの理性と自制を総動員させて、聞いた者すべてを本当にそうだと思わせるほどあっさりとした口調でそう告げた。
「俺、俺は、それだけが確かならもうなにも怖くないんだ。あんたにもういちど逢えるんなら、それだけ赦してもらえるんなら」
「赦しなんて要りません。私があなたに逢いに行きます」
「本当に」
「本当です。私は確かな事しか、言いませんから」
完璧すぎる現実主義者と明日の自分の運命を確信しているふたりは、どうしたって今生きている時間軸で未来を語れない。 だからそれは最後の夜、証明する者も祈るべき対象も存在しない、ふたりきりの確かな誓いであった。
いつかここではない違う時空間で、ふたりはわざと出逢うのだ。

ほらねわざと逢えたんだ

2007/12/30
前に書いた骸ツナ(REBORN!)みたいになってしまったorz