それは僻みでも羨望でもなくて、ただ漠然と、でも確かに。
式服に身を包み、隣り合って永遠を誓う二人の姿を見ながら、そう思っていた。
周りに集まるのは世界中の重役ばかり。誰もが表情ひとつ変えることなく見守っている。そんな儀式的な雰囲気のなかで、ただ二人の空間だけがそこから切り離されたようにやわらかく。
――ナタリアとアッシュの華燭の典は、そうやって厳かに行われた。
「おめでとう」
教団の仕事が忙しく、どうしても外せない会議で出席できず歯噛みしていたアニスの分まで込めて、心からの祝福を送る。
ダアトの代表としてではなく、かつて共に旅をした仲間として。
バチカルの人々が望んでいた二人の結婚は、アッシュが帰還してから二年後の今日、漸く果たされた。
その二年の間、色々な葛藤があったことを何となく悟っていた。きっとその理由は、自分にもあると分かっていたから。
だけど、いや、だからこそお互い、謝罪なんて的外れな事は出来なかった。
「アニスも来られれば良かったのだけど……」
「仕方がありませんわ。ダアトもまだ落ち着きませんものね。――来て下さってありがとう、ティア」
彼女がせつなげに目を細めた理由が解って苦笑する。ここで誤魔化して綺麗に笑えるほど、割り切れたわけでも感情が薄れたわけでもない。
「そんな顔しないで。花嫁がそんな顔してたら、旦那様が落ち込むわよ」
言いながら視線をナタリアの後ろにいるアッシュへ向けると、ばつが悪そうに視線を逸らされた。
その仕種に笑いながら、少しだけ、重ねてしまった自分に嫌気が差す。
この二年、多忙を理由に二人には会わなかった。
会ってしまったら、醜い感情を曝け出してしまいそうだった。
だからこうやって以前のように自然に振舞えることに安心した。
たとえそれが表面的であっても、自分のなかの愚かな葛藤を覚られるよりはいい。
そんなことを考えながら雑談していると、タイムリミットが訪れる。
教団のトップであるアニスが忙しいということは、その下にいる者だって忙しい。此処で自分だけ長居することは出来ない。
「――それじゃあ、そろそろお暇しようかしら」
キリのいいところで告げると、今まで会話に参加しなかったアッシュに引き止められた。
出来るだけその姿を視界に入れないように努めていたが、その手に持っている帳面が目に留まり、思わず顔を見合わせる。
間近で見たその顔は、記憶にある『彼』とは似ていても違うものだと、漸く理解できた。
「これは、お前が持っているべきだ」
何を言われているのか解らなくて、暫くただ呆然と見つめていたら、居心地悪そうに、アッシュは目を伏せた。
「俺は、あいつの記憶を持っている。だから、それが一番必要なのも、あいつがそれを喜ぶのもお前だけだと解る」
言い切って伸ばされた手には、彼の日記があった。
彼が記した七年間。
耳が痛いくらい静かな自室で、それを見つめる。
無意識に震える手が、喉元に伸びる。喉の奥がひりついて、息がつまりそうだった。
震えたまま伸ばした手は、日記を開く。
時間に洗い流されるように記憶のなかで掠れてしまった声も、冷めてしまった温度も、もう二度と蘇らない。
それなのにそれらが確かにあった事を想い出させる文字の羅列は、彼の手で構成された過去。
その矛盾がどうしようもなく遣る瀬無くて、何度も止めてしまいたいと思った。
でも結局手はページを捲くり続け、そしてあと数ページで読み終わるというところで止まった。
忘れもしない。
ノエルに誘われて出た夜の海。互いにあまり顔も見ないまま、ただ穏やかに交わした言葉。
幸せだと、微笑いながら言った彼を、忘れられるわけがない。
「ばかね……」
掠れて、震えた言葉は、誰に宛てたわけでもなく。
あの日が、あの瞬間が刻まれたそのページに水滴が滲み込んだ。
霞んだままの視界で読み終わった日記の最後。
真っ白なページの中心に、たった一言だけ。
何に向けられたものかは解らない。けれど、アッシュの言った言葉が本当なら。
自惚れだと思っても、涙が止まらなかった。
「夜の海は綺麗で、ティアもそんな感じで」
2007/05/06
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