その原因となる彼にそれをぶつけたって、下らないとあっさり一蹴されるのは目に見えているが、気になって仕方がない。
そんな彼を遠目に眺めながら、今日何度目かもわからなくなった音の無い疑問がまた喉を通り抜けた。
……ホントに俺のこと、好きなのかな。
数日前、熱に浮かされていたとはいえ物凄く馬鹿な事を仕出かしてしまった。
よりにもよって(捻くれていて嫌味で食えない)あの男に、好きだと告げてしまったのだ。
それをネタにここ数日散々冷やかされて、すぐさま後悔したのは言うまでもない。
だが一番悔やんだのは、相手も自分が好きだと言った時だった。
嬉しくないわけがない。初めから叶う事のない想いだと悟っていたから。
そして彼は自分が生まれるきっかけとなった技術を生み出した人物で、自分はその忌まわしい研究の『結果』。嫌悪や嫌忌を覚えることはあっても、好意を持つことなどないと思っていた。
でもだからこそ辛いのだ。音素乖離の事を知らされてから、この気持ちに完全に蓋をしようと決めていた。
きっと優しい彼のことだから容認はしなくとも、拒絶する事もできないだろう。
それか完全に無かった事として流してしまうか。
アニスとの関係を見ていて気付いたのだ。彼は僅かながらでも気を許した相手には、遠回しでも優しさを滲ませる。
そして最近思うのは、彼は被保護者として自分を見ているのではないかという事だった。
そんな同情や哀れみ、益してや恩愛の気持ちが欲しいわけではない。
だけど彼にその類の感情ではなく、本当に自分が好きなのかを問うのが怖かった。
どこまでも貪欲で浅ましい自分に吐き気さえ覚える。
オリジナルから何もかもを奪っておいて、数多のひとの血で手を染めて、それでも愛されたいだなんて。
不意に先を歩いていた彼――ジェイドが振り向いて、訝しげな面持ちで問いかけてきた。
「どうかしましたか? また熱でもあるんですか?」
初めて見たとき内心一驚したその鮮紅の眼は今、鋭くもあたたかな色をしていた。
それに期待してもいいのかどうかわからなくて、目を逸らして答える。
「何でも、ない」
俯いていたルークは、その言葉にジェイドの眼光が鋭くなったことを知らなかった。
間の悪いことに、その日はジェイドと相部屋になった。
話しかけるのも躊躇われて、とうとう一言も話さないまま眠りにつこうと寝台に寝転がる。
「ルーク。言いたいことがあるなら言いなさい」
窘めるようなその口調に咄嗟に振り返ると、その眼は確かに怒りを湛えていて思わず怯んだ。
「何でもないって」
「言いなさい」
その有無を言わせない強い声音に、姿勢を正して向き合った。
「……言ったって、どうせはぐらかすだろ」
「内容も聞かないうちから決め付けられるのは癪に障りますね」
「ちゃんと答えるなら言う」
それだけは譲れない。頑ななルークの態度に、ジェイドが軽く息を吐いて承諾した。
「ジェイドは、どういう意味で俺が好きだって言ったんだ?」
その言葉に珍しく瞠目したジェイドは、暫しの沈黙のあと口を開いた。
「どういう意味、というのがよく解らないのですが」
「俺がいつ消えるかわかんないから同情してあんな事言ったのか? それともジェイドは父親みたいな感覚で俺が好きなのか? もしかして罪悪感感じてるとか?」
「ルーク」
「だったら迷惑だって言えばいいんだ! 俺を突き放せよ!」
「ルーク!」
肩を掴まれて顔を上げると、無表情な顔に嵌め込まれた紅い眼が先程よりも強い怒りを訴えていた。
「どうしてあなたはそうやって、一人で何もかも決め付けて自分を追い込むんですか」
「だって、そうじゃないって言い切れるか?」
「ではあなたは言い切れるんですか」
冷たくて鋭い眼。射竦められて、痛いくらいに胸が締め付けられる。
「俺は、ジェイドに傍に居てほしい。一緒に居たい」
「それは親子でもありえる感情でしょう」
また答えをはぐらかされている事に気が付いて、何かが切れる音が聞こえた気がした。それが合図だったかのように衝動のままジェイドの髪を引っ張って、勢い任せに唇を重ねた。
「――じゃあジェイドは、親にこういう事したいって思うか?」
眼を見開いて何も言うことの出来なくなったジェイドから、逃げるようにして部屋を出ようとすると、ノブを掴む直前に引き寄せられた。
「あなたは本当に馬鹿ですね」
今度こそ本当に幻滅されたと思っていたルークは、抱きしめられているのだと理解するのに幾ばくか時間を要した。
「私こそあなたにその質問をしたかったんです」
「え?」
「あなたの方が、私のことを父親に重ねているのだと思っていました」
そう言ったジェイドの声が、心なしかほっとしたようなそれで。
思わず、顔が綻んだ。
「でも自分から火の中に飛び込んで来たんですから、どうなっても文句は言えませんよ」
「なに――」
「据え膳食わぬは男の恥、と言いますし」
「え、ちょ……っ」
「逃がしませんよ?」
安堵していた所を急に押し倒されて焦るルークは、不敵な笑みでそう言ってのける男を見て、やはり即時深く後悔したのだった。
2006/06/03