だがそんな風景を目にできるのも、明日にはできなくなっているのかもしれない。
考えただけで、身体が震えた。
実感など寧ろ無いに等しく、だが漠然とした恐怖だけがこみ上げて、己の手が確かに透けていたのを思い出す。
きっと次に超振動を使ったあとは、もう自分は居ないのだろう。
実感も無いくせに、確信めいた予感だけが身体を支配する。
「ルーク。服がほつれているわ」
物思いに耽っているルークを、後ろから聞こえたティアの声が現実へと引き戻す。
「あー……。さっきどっかに引っ掛けたのは気付いてたんだけど……」
部屋から出る時に何かが引っ掛かったのは憶えているが、そんなに気にすることもないだろうと放っておいた。
補修はあとでやることにして、取り敢えずほつれた糸だけでも切ってしまおうと躍起になっているとジェイドからの嫌味が飛んできて、それに対するようにガイが慰める。アニスにもからかわれてそれにムキになると、ナタリアも加勢する。そんな状況をミュウが必死で逆効果のフォローをする。
幸せだと、思った。
ずっとこうして、みんなの傍で、笑っていたい。生きていたい。
生きていたい。
だがそんな事を願う資格も時間もありはしない。感傷に浸れば浸るほどきっと目的を果たす決心は脆く崩れ落ちてしまうだろう。
だから今は前を向いて、足を動かして、先に進まなければ。
いつの間にかティアも同じ様に何かを考えていて、珍しいと思いつつ声をかけても返事は愚か視線すら返ってこず、胸の中を寂しさが蝕んでいく。
死んでしまったら、こんな風に彼女の瞳にも映らなくなるのかと思うと、痛みすら伴って。
何回か間をおいて呼び続けていると、はっとしたように顔を上げた。
「ナイフ貸してほしいんだけど」
躊躇うようにそう言うと予想外の答えが返ってきて、一瞬困惑したが嬉しくて顔が綻んでしまった。
彼女は優しくなった。というよりは、優しさが表情や声などに表れるようになった。もしかしたら良く見ていなかっただけなのかもしれないけれど。
まるで張り詰めていた糸が緩んだようだと、心の中で呟いた。いつも表情を崩さず冷徹に振舞っている彼女だが、本当は心に躊躇いや悲しみや深い傷を負っているはず。
だから少しでも、緩めてくれればいいと思う。これから自身で下すしかない大切な人たちの死に、切れてしまうことがないように。
「ルーク、たまには休息も必要だわ。気を張ってばかりでは疲れてしまうもの」
穏やかでやわらかな口調に、驚きつつもそれすら嬉しくてありがとうと言った。今自分にだけ向けられている優しさに、また幸せを噛み締めながら再び背を向ける。
そしてきっと見届けることはできないけれど、いつか糸を張り詰めなくても良いと思える人と幸せになればいいと願う。
本当はそれが自分であったらいいと、叶わない望みを笑顔に閉じ込めた。
2006/05/22〜06/26