拍手4期

※流血表現あり

その光景をただ見つめていた。
意識はしっかりとしていたし、夢にしては厭にリアルな光景だった。
彼が振り払った剣から自分の頬に飛び散った血が、それが夢ではない事を証明した。

「ルーク……?」

その問いかけは自分の声だったのか、それとも違う誰かだったのか。
どちらにしろその声に応えるような艶然とした微笑みは、今まで見てきた誰のどんな表情よりも崇高なものに思えた。
血に塗れて横たわる魔物や、返り血に染まる彼の白い肌――本来なら禍々しいはずの、そのすべてが。

「どうしたんだよ……」

そう独り言のように云って、ガイが途方に暮れたように傍らで笑うルークを見ていた。
ナタリアとアニスは顔色を失って震えていたし、ジェイドですら瞠目している。
そんな様子を見て、ルークは怪訝そうに眉を顰めた。

「何だよ? 何か可笑しいか?」

目眩がした。“可笑しいか”と問われれば誰もが“何もかも可笑しい”と答えるこの状況で、彼は本当に不思議そうな顔をしていた。

「ルーク……あなた、どうして、どうしてこんな」

からからに渇いた喉からやっと出た声は、掠れていて聞き取れそうにもなかったのに。

「お前らの知ってるルークはこんな事しないもんなぁ? 自分が可哀想だと思ってる被害者顔した偽善者。魔物さえ殺すのに躊躇いがある臆病者」

一層深くした笑みを自分に向けながら、未だ血の滴る剣を再び、血の海に息絶えた肉塊に突き立てた。
そうしてまた飛び散る血飛沫を気にする素振りも見せずに浴びて、恍惚とも形容できる表情を浮かべた。

「俺はその対の人格。お前らの軽蔑の目や言葉に耐えられなくて、死のうとした時に自己防衛本能が創り上げたもうひとりのルーク」

まるで異世界の言葉のように、能が理解するのを拒否していた。
彼ではない彼の発するひとつひとつが、自分の心に波紋をつくるのを無視しながら。

「一番可哀想なのは、こんな下らない世界を押し付けられた俺なのにな?」

感情の無い平坦な声でのたまってすっと細めた目は、狂気を孕んでここに居る全員を見据えていた。


壊してやろうか。


声も聴いていないのに、彼は確かにそう云った気がした。


そして彼は微笑む
(本当にかわいそうなのは誰)

解離性同一障害(二重人格)黒ルーク
2007/02/09〜2007/03/10










ルークがもうひとりの彼に換わって、数日が過ぎた。
その間、ルークは一度も現れなかった。戻ったかと思うとそれは彼の完璧なる演技で、誰も見破ることができず嘲笑われるのが最早習慣となっていた。

「――またルークのふりか? 懲りないなお前も」
「うざったいなあ〜もう!」

 もう既に何度も騙されて辟易としているガイとアニスが悪態をつく。他の者も言葉にこそしないが、呆れたように彼を見た。

「へえ? やっと見抜けるようになったのか」
「そりゃ何度もそんなことされたら、イヤでもわかりますけどぉ?」
「それにしては長くかかったんじゃねえ?」

それでも演技なのか自然なのか――こんなふうに時々、ルークと同じような表情で同じようなもの言いをするときがある。
それらに惑わされそうになるのもまた事実で、きっと彼はそれも見抜いているのだろう。その上で反応を楽しんでいる。

「……ルークはもう現れないのですか?」
「さっすがバルフォア博士。研究熱心だな」
「感心して頂けて光栄です。ついでに質問に答えて頂けるとありがたいのですが」
「今は俺が押さえつけてるからな。まぁ……そうじゃなくてもお前らの顔なんて見たくもないだろうけど」

にっこりと笑む彼に対し、ジェイドは苦い笑いを浮かべた。
しかしジェイドだけではなく、彼以外の誰もが息を詰まらせ、苦笑どころか表情をこわばらせるしかなかった。

彼は初めて対峙した時に、自分達のせいで彼が生まれたのだと云った。
つまり、ルークを死へと追いやったのは自分達の言動だったのだ。

「なんでそんな顔してんだよ。お前らにそんな資格あると思ってんのか?」

だから彼の言うことは正しい。正しすぎて、誰も何も言い返すことが出来ない。

「なんで黙るんだよ。つまんねぇ」

そして遊び飽きたとでも言うように、彼は押し黙るティア達を置いて歩き出した。

「本当にルークは、もう現れて下さらないのでしょうか?」
「それは……わからないわ」

それに今の状態でルークと向き合ったとして、アクゼリュスの事を無かったことにはできない。
それで生じる戸惑いや躊躇いのなかに居ても、きっとルークは苦しいだけだろう。

「……う、あ……っ」

先を歩いていた彼が、再び気まぐれにルークを演じる。彼にとってはすべてが、ゲームでしかないのだ。

「いい加減にしてよ!」
「アニ……ス?」
「なあ、もうやめないかこんな事」
「そうですねぇ。こんな猿芝居をいつまでも続けてもつまらないでしょう?」
「な、に……?」
「まあ、まだ続けるおつもりですの?」
「あなた……本当に呆れるわ」
「やめ……やめろ、俺……っ」

違う。
そう悟った時はもう既に遅かった。声にした言葉は、もう戻らない。

「俺なんで、なんでここに……っ……いやだ! 死んだのに! 俺は死んだのになんで……っ!」
「ルーク、」
「やめろやめろやめろ! 俺は死んだんだ! もうこれ以上……俺を苦しめるなよ……」
「ルーク!」

意識を失うように傾いた体を支えようとガイが近づいた瞬間、ルークが伸ばされたガイの手を払った。

「気安く触んなよ」
「……っ! お前っ!」
「なんだよ。勝手に俺の演技だって勘違いしたのはお前らだろ? それとも――」

双眸を細め、無表情になった彼は意味深に言葉を切る。それによる効果を、彼は解りきっている。

「また罪をなすりつけるのか」

顔を俯けて喉を鳴らしながら嗤った後、ゆっくりと顔を上げる。
そしてルークと同じような笑顔で、彼はゲームの目的を告げた。



「こいつはお前らに何度殺されれば本当に死ぬんだろうな」


そして彼はまた息絶える
(死因:絶対零度の眼差しと言葉)


前回続き
2007/03/10〜05/15