『天才』の定義とは何か。
今回の大会で何度その問を繰り返したか。いや、正確にはあのスーパールーキーが現れてから。
16年間連続関東大会優勝、そして2年連続全国大会優勝の『王者』立海大の『皇帝』真田弦一郎を打ち破り、関東大会優勝を勝ち取った彼の存在は今、中学テニス界を、更なる高みを目指すプレイヤーを大きく震撼させている。
氷帝の天才と呼ばれる自分もまた、その中のひとり。




「マジで優勝しちゃったぜ青学!」
岳人が驚いた声を上げて、嬉しそうな顔で話しかけてきた。その言葉に実感と少しの苛立ちに似た複雑な感情を表す言葉が見つからず、そやな、と短い返事を返す。
「なんだよ侑士、反応薄すぎ! あの皇帝に越前が勝ったんだぜ!?」
薄々感じてはいたが、岳人も越前と呼ばれたスーパールーキーを気に掛けている。岳人だけではない。普段睡眠第一の滋郎は越前の試合を見る時だけは覚醒し、控え選手対決で越前と戦った日吉、素直な気性ゆえかそれを見て感化された鳳、そしてあの来るもの拒まず去るもの追わず、高慢で傲慢で唯我独尊を絵に描いたような跡部ですら、無意識だが手塚とは違う意味で何かと意識している。
更に聖ルドルフの観月、山吹の千石、不動峰の神尾と、越前と対戦した時に怪我を負わせた伊武、六角の佐伯が、今現在確認されているライバル。

他校でこの状態なのだ。況して同じ学校である青学レギュラーなんて正に親衛隊。鉄壁のガード宜しく他校を寄せ付けない徹底振りだ。その中でも一番手強いのは自分と同じ技が使える『青学の天才』不二周助。優美な見た目からは想像もつかないほどえげつない性格をしているあの魔王に勝てる者は未だ居ない。
加えて追い討ちをかけたのは、先程の関東大会決勝戦。試合前の選手挨拶の時でさえ立海大レギュラーの視線はあからさまに越前へ注がれていたが、試合後の反応を見るに、立海大レギュラーの殆どが彼の魅力に落とされたらしい。
全く厄介な話である。今まで色事に関しては全く苦労せず、寧ろ物足りなさすら感じていた自分が、ひとりの少年相手に悪戦苦闘を強いられている。
矜持が高く折れる事ない真っ直ぐな性格、強さを求める、まるで畏怖など感じられない瞳の透明な鋭さ。様々なプレイスタイルを吸収しながら急成長していく、努力だけでは埋められない天賦の才能。
「天は二物を与えず」という言葉があるが、彼には無縁な言葉である。
誰もを魅了する風采と天資を持ち合わせた彼こそが、『天才』と呼ばれるに値する存在ではないだろうか。


ぼんやりとそんな事を考えていると、携帯の着信が意識を呼び戻した。画面に表示された名前に舌打ちしながら通話ボタンを押すと、願い虚しく本人の声が耳に響いた。
「なんやねん」
「いきなりなんやとはご挨拶やな。折角電話してやったっちゅーに」
「大した用やないなら即切るで!」
「まぁまぁ落ち着いて話そうやないか」
「お前の電話は不吉の知らせやねん」
応酬を繰り返す間にも、相手の顔がリアルに浮かんで気分が沈む。電話の相手である忍足謙也は認めたくは無いが一応従兄弟の関係にある。皮肉な事に謙也もテニス部であり、10日後の全国大会にも出場するらしい。

「せや、凄い一年がおんねん」
既に恒例となった嫌味の応酬を一通り終わらせた後、謙也が切り出した。その言葉に浮かんだのは、華奢ながら圧倒的な存在感を持つ越前の姿。だが関西に住む謙也が関東に居る越前の事を知るはずも無く、恐らく違う人物の話だろう。
「関西大会で昨年の全国準優勝校――兵庫の牧ノ藤学院大将、萩に勝ってしもた。あんな一年まず……」
「おるでぇ関東にも」
案の定違う人物の話を始めた謙也を遮りそう言うと、自然に口の端が上がる。
「あの立海大付属の皇帝、真田を倒したんや。ものごっつい一年やで」
「……何っ!?」
予想通り驚愕の声を上げた謙也に気を良くしていると、昔から互いに何かと競い合う習癖があるため、相手も負けじと主張する。
「とにかくパワーは凄いで。ちなみに入学して二週間で関西の中学・高校八校もシメてしもうた。どやっ!」
「こっちも凄いでぇ! めっちゃ天然小悪魔のお姫さんや! 身体なんてえらい細っこくて小さくてな、ごっつう白いねん! あのでかい黒目で上目遣いされたらたまらんわぁ」
「……ちょお待て、その一年、男やんなあ?」
「せやけど?」
「自分、いつの間に宗旨変えしたん? 遊び飽きたんか?」
どうやら、女に遊び厭きて男が好きになったのだと勘違いしているらしい。だが当たらずと雖も遠からず。哀しいかな、好きな相手が男であることに変わりは無い。
「ちゃうねんて! そのお姫さんが特別なんや。俺だけやのうて、他にも狙っとる奴仰山おんねんで?」
「おい、何の自慢大会だ?」
その時間が悪いことに通りかかった跡部が、耳聡くその内容に茶々を入れたので、慌てて話題を切り替える。

「で? なんの用事やて?」
「今の跡部か? もせやけど跡部もライバルだったりするん?」
「そゆことや」
「まぁそんなんどうでもええわ。さっき言うてた一年な、まだ東京に着いてへんのや。とにかく従兄弟のよしみや。見かけたら連絡頼むわユーシ。名前は遠山金太郎ゆう奴やから、よろしゅう」
そういって一方的に切られた電話を悪態を吐きながら仕舞うと、ふと鋭い視線を感じた。恐る恐る見上げると、跡部が目の据わった笑顔で睨んでいた。
「何の話をしてたか教えろ。まさか俺様の越前の話じゃねぇだろーなあ?」
「俺の越前や、俺の!」
その一言で熾烈なバトルが始まったが、一方そんな事を知る由もない謙也は、先程の会話を反芻していた。
「あの女好きがなぁ……なんやオモロイ事になりそうやん」
そう言って浮かべた笑顔は単純に、玩具を見つけた子供のそれだったが、このとき謙也は気付いていなかった。
「あ、名前訊くの忘れてしもた! まぁ……まさか俺も好きになるなんてありえへんし。ええかー」
そのまさかが10日後の全国大会で現実になる事を。





神に愛された愛し子








テニプリ初 いろいろカオス
2007/02/17