多分、振り回されるくらいには、あなたを、
様子が変だとは思っていた。
いつも通り呆れるほどに元気なのは構わない。それが彼の良い所であって、また唯一の取り柄だと思っているから。
が、その状態にもよる。
どう見ても空元気、なのだ。普段通りに模ったであろう満面の笑みも、無理をしているようにしか思えない。 この中で一番と言っていい程彼を知っている筈のガイは、何故解り易い彼の表情に気付かないのだろうか。
そう思いながら溜め息をつくジェイドは、それがどれ程ルークをよく見ている証になるのかに気付いていなかった。


「ルーク。どうかしましたか?」
仲間と少し距離がある事を確認してルークにしか聞こえない声量で問いかけると、露骨に「しまった」という顔で見上げてきた。
ああ、なんて解り易い。これでは顔に文字が書いてあるのと同じではないか。
「……別に、とか言っても、解ってんだろ」
「あなたは解り易いですからねえ」
「他の皆は騙せんのになあ……。なんでジェイドにはバレるのかな」
怪訝そうに歪められたその顔は僅かに火照り、翡翠のような眼が潤んでいた。医学の心得がある者でなくとも症状からして原因が何か解るだろう。
それだけなら危惧することもないのだが、しかしルークは音素の乖離がいつ起こるか解らないという危険な状態にある。たとえ些細な変化でも、最悪の結果をもたらしてしまうかもしれないのだ。
「皆には黙っててくれないかな。宿着いたら大人しく寝てるからさ」
すぐにでも宿で休ませようと思っていたジェイドは、その一言に思わず瞠目する。
自らを顧みず、周りを優先する性格にしてしまったのは紛れもなく己を含めた周囲の人間なのだが、それでも呆れずにはいられなかった。
「悪化したら逆に迷惑をかけるとは思わないのですか?」
「ジェイドが治してくれるだろ?」
どう説得しようか算段をしていたジェイドは、然も当たり前のように言われたその言葉に、考えるより先に返事をしてしまった自分に失望した。


最近どうも振り回される事が多いと、苦い気持ちを押し隠して何時もより心許ない足取りのルークを見下ろしていた。
きっと本人にその意志はなく、更に自覚すらないだろう。だからこそ分が悪い。
意図的に仕掛けられているのなら対処法など瞬時に脳内で組み立てられるものの、無意識の言動には処置の仕様がない。
全くどうしたものか。自分はこんな些細な事で躓くような人間ではないはずだ。いつも冷静に客観的に物事を見計らって、より良い方法を見つけ出し実行する。
だが、それがルークの事となると冷静にも客観的にもなれないのだ。より良い方法なら頭に浮かんでいるのに、結果的に表に表れるのは違うもので。

全く、どうしたものか。



宿へ着く頃にはルークの症状も悪化していて、そろそろ表情を繕うのも限界だろうと半ば強引に部屋割りを決めてルークを部屋へと促した。
部屋へ入るなりベッドへ倒れこむルークを見て、やはりあの時無理矢理にでも連れて来れば良かったと苛立ちながら、はたと驚く。
明日までに治らなければ、と言った時の意地の悪い欠片の感情もなく、ただ純粋に心配している自分に。
自分まで熱があるのではないかと考えるが、残念なことに身体のだるさも額の熱も感じられない。
ならばどうして? ――解らない、幾ら考えても。
少しも解くことのできない思考を無理矢理断ち切って、熱を測ろうと額に手を置くと、不意にそれが掴まれる。
「――ルーク?」
「ジェイドの手、つめたくて気持ちいい……」
「……熱はあまり高くないようですね。軽い風邪ですから明日には治るでしょう」
動揺を誤魔化すように、いつも通り話題をすり替えたはずだった。
「手のつめたいひとは、心があったかいんだって。それ、今すげえ当たってると思った」
悪夢でも見ているかのようだった。こんなにも思考の働かない日が来るとは。
「私に、それを言うんですか?」
「本当の、ことだろ」
苦しげな息とは対称的な穏やかな笑顔に、言葉が詰まる。どうして。何故。そんな疑問ばかりが頭をめぐる。
「もしかしたら、ジェイドは気付いてないのかも知んないけど、ジェイドって自分で自分のこと冷たい人間とか、決め付けてるから」
文の構成が多少おかしいのは彼の熱のせいだろうか。それとも自分が混乱しているからか。そんな事すら解らない。
「でも、ジェイドは優しいよ。ひねくれてるから、多分表に出ないだけで」
優しいよ。
繰り返すルークの言葉に、とうとう考える事を断念した。冷静さも客観的な思索も、きっとルークの前では無意味でしかない。
ならば余計なことに頭は使わず、黙っていよう。幸い相手の意識は朧。言葉を返さなくとも此方の動揺を悟られることはない。
「ひねくれてるし、嫌味だし何考えてるか、解んないしムカつくけど」
熱に浮かされて饒舌になっているのだろうか。随分と生意気な事を言ってくれる。
苦笑しつつ二の句を待っているジェイドが聞いたのは、今度こそ思考を停止させるものだった。




「多分俺、ジェイドのこと好きだ」




本当に、悪夢を見ているのではないだろうか。
ただ利用価値があるからと一緒に居た、今まで気まぐれに揶揄していたこの子供が、自分を好きだと?
何よりその事に欣幸を感じている自分が信じられなかった。
それでも何処かで納得している自分が居る。それが何故なのか、漸く解った気がする。
立場も冷静さも客観も捨てれば、そこにはもう感情しか残らない。
そう。酷薄で利益に繋がるものにしか興味が無い自分がここまで揺さぶられるのは、今まで持ち合わせていなかった感情を持て余しているから。
「あなたは馬鹿みたいに素直で解り易いから、何の隔たりもなく表に優しさが表れるんですかね」
だからこんなにも暖かな感情を、触れたてのひらからこの冷徹な心まで伝えてくれるのだろうか。
「生意気で猪突猛進で子供で苛々させられますが」
ああ本当にどうしたものか。


「私も多分、あなたの事が好きみたいです」




初めて理解した人間らしい感情が、よりにもよって愛情だなんて。






やさしいてのひら



2006/05/27