あんたは当たり前みたいにそう言うけど。
俺が訊ねられた時――俺は何て答えるんだろう。







もう既に日常と化したその光景。
無駄に寝心地の良いソファに寝転がり、まるで本物のように身体を丸めて眠る黒猫一匹。
その姿を見るなり、生徒会の仕事が長引いて降下していた機嫌を、一気に急上昇させて顔を緩ませた跡部に、共に部室に戻った氷帝レギュラーは青ざめた。
「うわっ、何だそのだらしねー顔はっ!」
「せやで跡部。はっきり言って気色悪いわ」
「うるせえ。お前らよりは確実にマシだ」
半ば本気で貶した向日と忍足に嫌味を返し、跡部は当然のように、華奢な身体をさらに縮めている為に余ったソファのスペースへと腰掛ける。
艶やかな黒髪をやわらかな仕種で撫でるその様子に、今度こそ耐え切れなくなったレギュラー陣は悲鳴を上げた。
「うるせえって言ってんだろうが! リョーマが起きるじゃねえか!」
「だってこんなの跡部じゃないC!」
「マジで笑えねえぜ……激ダサだな」
口々に非難の声を上げる彼らを睨みつけ、黙れとばかりに威圧する。
跡部の本気の怒りを身を以て知っている彼らは、本能的にそれ以上の反応を留めた。
だがどんな集団のなかにも、決して動じない人物というのは必ずいるのだ。
このメンバーの場合、それは普段の行動に反映されるもので、いつどこでどんな状況でも眠っていられるジローに当て嵌まった。

「でもさでもさー、まさか跡部が本気になるコが出来るなんて思わなかった」
「だよなー」
「しかもそれが越前君だなんて。……少なくとも越前君は跡部部長になんて興味がないと思ってたんですけど」
「鳳、本性出とるで……」
「テメェら人を何だと思ってやがる」
「何って、跡部サマやろ?」
意趣返しとばかりに嫌味っぽく言う忍足に、もはや言い返すのも無駄と思ったのか、跡部は深い溜め息をついて目を閉じた。
相変わらず壊れ物を扱うような繊細さでリョーマに触れる。それが何となく気恥ずかしくて、本当は完全に覚醒できる状態であるのに狸寝入りを決め込んだ。

「――なあ、何で越前やったん?」
「あぁ?」
「ジブンら性格似過ぎやし、てっきり同属嫌悪で反発でもするかと思うてたんやけど」
それは確かに自分でも気になっていたことだった。
天上天下唯我独尊、傲慢で俺様で自分勝手。
それでも権力とそれに潰されない程の実力と、嫌味なくらい整った顔立ちのせいで言い寄る女は絶えない。
そんな跡部が、不本意にも似たもの同士と言われる、しかも男である自分に本気になったと言われた時は、それはもう筆舌しがたい衝撃を受けた。
別に偏見があるわけではないが、色々と体裁を気にしなければならない立場とそれを自覚している跡部が、まさか自ら常識を壊すとは思わなかったのだ。
だからずるいとは解っていても、未だ夢のなかにいるように振る舞い、その答えを静かに待った。
「くだらねぇな」
鼻で笑い、そう吐き捨てた跡部は髪を梳く手を止め、その手で自身の髪をかきあげる気配。
喩え視界に映らなくても、その仕種が嫌味なほど様になっている事が解る自分が、心底嫌だと思った。
「出逢ったのもこうなったのも必然に決まってんじゃねえか」
「……訊いた俺がバカやったわ」
「そうだぜ侑士……お前らのせいでなんか俺今、すげーサムイんだけど……」
「ハッ。負け犬の戯言なんて聞く価値もねえな」

俄かに騒がしくなる部室とは裏腹に、意識がすっと静まった。
当然のように必然だと言ってのける跡部に、くすぐったさと、言いようの無い、焦燥感のようなものが拡がる。
出逢ったことも想いあったことも必然だと云うのなら、いつか訪れる別れも必然なのだろうか。
跡部からの気持ちを疑った事はない――といえば嘘になるが、それも最初のうちで、今では疑う方が困難なほど愛されている自負はある。 そして自分もすべてを伝えることはないにしろ、同じくらいの気持ちを持ち合わせている。

だけど自分達が必ず別れを迎えると、なぜだか知っている。

それは喩えば周りの環境やモラルに引き離された時かもしれないし、跡部か、それとも自分のどちらかが感情を持て余したり抱えきれなくなったり、もしくは底を尽きた時かもしれない。 もし希望的観測に近い感情で、長い目でみたとして、死と云う絶対的で決定的なものかもしれない。
その過程はどうであれ、どんなかたちであっても、自分たちは別れるだろう。

ぼんやりとそんな事を考えていると、その片割れは再びまるで宥めるかのように殊更やさしく髪を梳く。
それにつられるように、焦燥感はゆっくりとけていった。
そしてなんとなく、何かに辿り着いた気がした。
彼がすべてを――別れすらも必然だと云うのなら、自分もきっとそれが必然だと云って受け入れるだろう。
だから今この瞬間、その時までは。
泣きたくなるほどのやさしさに包まれて、微睡んでいたいと淡くねがった。




すべて必然だというのなら




確信的な別れを覚悟してる王子。でも跡部は何があっても離さないとおもう。むしろ王子が別れるって言っても監禁拘束
2007/04/30