手塚国光の居ない青学なんて、正直戦う価値も無いと思っていた。
『俺にも本当のテニスって奴教えてくんない?』
真っ直ぐに見据えて挑発してくるその眼と出逢うまでは――……。


立海大の勝利を疑うことなんてなかった。いくら部長の幸村が居ないからといって、相手の青学だって同じ状態だし、不安要素なんて無いに等しかったのに。

「すいませんでした」
閉会式を終えた後、切原は屹立している真田の背中に頭を下げた。遠巻きに見守るレギュラーたちも、普段のふざけた雰囲気を静めている。信じて疑わなかった優勝を、今大会初めての苦戦の末持って行かれたのだから当然である。
「……その言葉を言われる資格は俺には無い」
静かに聞こえた真田の声に、彼も負けてしまったのだという事に改めて気付かされた。しかも関東大会の優勝を賭ける重要な試合。元々責任感が強く、幸村が不在の今部を率いる彼が、一番責任を感じているのだろう。
だがもしあの時自分が勝っていたら、と思うと言わずにはいられなかった。
流れた重い沈黙を厳かな口調で破ったのは、背を向けたままの真田だった。
「無敗で優勝することはできないが、頂点に君臨するのは俺たち立海大だ」
そう言って歩き出した真田は、皇帝の名に相応しい威厳と風格を纏っていた。
「敵わねえ……」
敵わない。立海三強と呼ばれる真田・幸村・柳にも、目が見えないまま試合を続行した不二にも。そして、越前リョーマにも。

不二との試合中、「限界を超えたい」と思ったとき浮かんだのは、目標にしていた三強の先輩ではなく、草試合をした時のリョーマの姿だった。
「何でだよ」
その時だけではない。あの草試合をしてからいつも意識の隅にある存在。
試合前の挨拶でも、自分を倒したことによってレギュラーの視線がリョーマに注がれていることと、それに気付いてリョーマに話しかける桃城に苛立ちを覚えた。
立海三強以外に初めて負けた相手なのだから気になるのは当然だが、どうして苛立つのかが解らない。
「切原? どこ行くんだよ?」
呼び止める丸井の声を背に、もどかしい焦燥を気晴らしに歩き出した。


当てもなくふらふらと歩いていると、テニスコート付近の見覚えある人影に気が付いた。近付いて違いない事を確信して、思いがけず声をかけてしまった。
「何してんだよ」
気だるげに顔だけを回して振り向いたその表情が怪訝なものに変わり、何かを思案したあとゆっくりと口を開いた。
「ああ……立海大の人」
「忘れてたのかよ」
「だってあの日のことよく覚えてないし」
それもそうか、と納得する。無我になると殆ど無意識でいるためか、その間の記憶は保持されないらしい。 だが先程まで対戦していた学校のレギュラーなのだから、もう少し早く思い出してほしいと思うのは我儘ではないだろう。
「……ヒザ大丈夫か」
「え? まあ、だいぶ治ったけど」
草試合とはいえ、わざとヒザを狙い続けて攻撃した事を今更思い出し、そして途轍もなく後悔した。何やってんだ、俺。
「悪かったな」
今までどんなに手酷く痛めつけた相手にも言わなかった謝罪の言葉を真剣に言った。きっと今この状況にいたら怒り来るっているだろう。
「意外」
そんな風に考えていた矢先、本当に驚いた顔で言われ、思い切り笑われては居た堪れない。確かに謝罪は初めてだが、そんなに自分は誠実さが足りないのだろうか。
暫く笑い続けた後、息を整えながらにやりと笑ってリョーマが言った。
「ファンタで許してあげる」
「そんなモンでいいのか……?」
「俺にとってはテニスの次に重要」
言いながら鋭い猫のような眼をやわらげて、先程とは雰囲気の違う笑顔を向けられて、心臓が脈打った。
「っ……そーゆーことかよ……」
「何?」
「いや、こっちの話」
先を歩くリョーマに訊ねられたって、答えられるわけが無い。



お前に惚れてるなんて。





恋ひ明かす




タイトル:aiko
2007/02/17