※同位体およびビックバン等の用語解説を元にしていますが、あくまで私なりの推測です。
それでも良い方のみどうぞ↓
冷たくなった彼を抱えながら、ただ何色にも輝いてゆらめく世界を漂っていた。
絶え間なく色を変え、右も左も、何もわからない世界。
「なぁアッシュ」
固く閉ざされた瞼が視界を遮断しているのが表すように、何もかもを感じることをやめた彼から返事は無い。だがきっと届いているはず。
彼と自分の間には、『完全同位体』という堅い楔があるのだから。
「今までごめんな」
ぽつり、と呟いた謝罪は何に対してだったのか、自分でもよく解らなかった。
彼の名前も居場所も存在すらも奪い取ってしまった事に対してなのか、逢う度に苛つかせてしまったことにか。
きっとどちらでもあって、だけどいちばんの意味とは違った。
そう。
「お前には悪いけど俺、すっげー幸せなんだ。たった七年間生きただったけど、充分すぎるくらい幸せなんだよ」
たとえどんなにこの両手が血に塗れていようと、この背中に償いきれない罪があろうと、この身体が今抱えている彼のレプリカだとしても。
もうこれ以上、存在し続ける事ができないとしても。
「お前のお蔭だよ。そりゃあ俺を造ったのは師匠だし、ジェイドが創ったフォミクリーがなければ俺は居ないけど……。でもお前が居なけりゃ、この身体は無かったんだ。ありがとう。」
そして心をつくってくれたのは、かけがえのない仲間たち。
随分酷い事をしたのに、どんな事があっても側に居てくれたミュウ。どんな時でも俺を見捨てないで居てくれた。助けた恩なんてもの以上に俺は救われてた。
殺したいほど憎んでいただろう俺に、言葉や歩き方を教えてくれたガイ。今思えば、育ての親みたいなものだ。
本当は、「障気なんかほっとけ」って言われた時は嬉しくて心が揺れた。
ガイが心の友兼使用人なんて、俺は随分贅沢な人間だ。
ずっと好きだったアッシュのレプリカだって知っても、俺は俺だって言ってくれたナタリア。
ラルゴの事だって辛かった筈なのに。俺が思っているよりずっと、ナタリアは強かった。
小さいくせに何でも1人で抱え込んで、明るく振舞ってるアニス。その代わり裏表は激しいけど、本当は凄く脆い。
いちばん解りやすい感情を伝えてくれるのもアニスだった。
いつも厭味で屈折してるジェイド。最初は絶対好感を持てないと思ったけど、一緒に居るうちに遠回しな優しさも解ってきた。
最後に差し出された左手は、俺を認めてくれた証だったのだろうか。そうだったらすごく嬉しい。
自分を犠牲にして惑星預言を読んだイオン。誰より純粋で優しくて、出逢った頃の傲慢な俺のことを優しいって言ってくれた。
もっともっと生きていてほしかった。もっと色んなことを見て聴いて笑って泣いて、もっと自分のやりたいことをやってほしかった。
不躾だった俺を、初めて本気で叱ってくれたティア。俺が「変わりたい」って言った後、ずっと見守り続けてくれた。
気が強くて、冷徹で、でもそれは心を護るための鎧だって気付くのが遅すぎた。リグレットを倒すのも師匠を倒すのも、本当はティアがいちばん哀しくて苦しかった筈だった。
それでも前に進もうとする姿を、俺もずっと見てたんだ。ティアが俺を見てくれていたように。
ずっと、見てたんだ。
「……お前が戻ったらさ、皆との約束、代わりに果たしてくれよ」
俺じゃ叶えることはできないから。
ああ、それでも。
「お前でも叶えらんねー約束もしちまったんだっけ」
『生きて帰って来い』なんて無理に決まっているけれど、でも嬉しかった。どうしようもないほど。
死にたくない、と何度繰り返しただろう。不必要に声に変換することは無かったけれど、心の中、奥深いところでどんなに願ったことだろう。
指先から緩慢に乖離していく自分の音素をじっと見つめた。
恐くないと言えば嘘になる。この期に及んで、まだ死にたくないと強く願う自分は、愚かで醜く罪深い。
数多の名も知らぬ人々の可能性を、前触れもなしに無残にもこの手で潰してきたというのに。
でも皆はそれを許してくれた。
生きていても良いんだって言ってくれた。
だからそれだけで、いいんだ。
俺は、幸せだ。
できるなら、生きて償いたかったけれど……。
乖離した音素が、アッシュに同化していくのが見えた。
それを見て、なぜか安堵にも似た感情が拡がった。
「ようやく、名前を返す時が来たみたいだ。『ルーク・フォン・ファブレ』、お前はお前の人生を、生きるんだ」
約束、だからな。
願いにも似た、最期の楔を刺した声は、音にはならずとも。
始祖ユリアの遺した偉大なる大譜歌が、静まった渓谷にまだ余韻を残している。
見渡す限りにセレニアの花が淡く発光しながら、風に揺れている。
暫くして背を向けようとする数人のうちの1人が、こちらに気づいて徐に振り返る。それに気づいた残りの人影も、こちらを振り向くのが分かった。
文字通り期待と不安を孕んだ面持ちの彼女らを見て、胸が痛んだ。
初めに振り向いた人影が駆け寄ってくる。彼女が紡いだ大譜歌も、今ではもう響かず辺りは静寂に満ちていた。
「どうして……ここに……」
目の前に居る彼女は、最後に見たときよりも大人びていた。それが時間の流れを否応なく感じさせる。
「ここならホドを見渡せる」
すべてが終わり、すべてが始まったあの場所を。
「それに、約束したからな」
あいつとの――『ルーク』との最期の約束。
ルークとその仲間が交わした約束を果たすこと。
そして、俺が俺として生きること。
伸びた髪から垣間見る目の前の彼女――ティアは静かに、静かに涙を流していた。
少し離れてはいるが、じっと見つめている彼らさえ、自分がかつて『アッシュ』と呼ばれていた人物だとは気づいていないらしい。
喜びの表情を浮かべ次々と駆け寄ってくる彼らに、楔子を明かす時はあと少し。
【楔】二つのものを固くつなぎ合わせるもの。きずな。
【楔を刺す】後日のため、あらかじめ固く約束しておく。念をおす。
【楔子】物事の最も重要なところ。
2006/04/13