わたしの大切なあなたの特別な今日と云う日に、ずっと忘れることがないように
彼女と出遭ったのは馴染みの酒場だった。
時間はとっくに深夜を過ぎていて、いくら治安の良いこのグランコクマであっても女性が出歩くのはあまり感心しない。
だが奇しくもジェイド・カーティスとは関心の無い"モノ"に対しては物体であっても生物であっても、喩え目の前で朽ちようとも何の感慨も抱かない男である。自他共に認める、利己主義者なのだ。
店にはその女以外の客も何人か居たが、そろそろ帰宅するらしく財布を手に持っている。
暫くすると客はカウンターに座る見知らぬ彼女とジェイドのみになった。
喧騒が好きではないジェイドにとっては過ごしやすい雰囲気に変わる。
「何にします?」
「いつものを」
そんな些細な遣り取りで目の前に出された琥珀色の液体を傾けていると、ひとり静かにグラスを傾けていた彼女がマスターに次の注文をした。
「お客さん、今日はもうやめた方がいい」
「何言ってんのよ。酔いたくて来たのに酔えないんじゃ酒場の意味が無いわ」
「……酔い潰れるのだけは勘弁してくれ」
「そう来なくちゃね」
子どもの我儘のような正論を述べて笑う彼女は、確かに酔っている様子は無かった。だが先ほどの会話から推測するに、もうかなりの量を飲んでいるのだろう。
そんな瑣末な事を考えながら酒を飲んでいると、彼女がジェイドへと視線を向けた。
少し面倒な事になりそうだったので無視を決め込んでいると、彼女は気にする素振りもなく声を掛けてきた。
「ねえ、軍人さん」
その呼びかけに視線だけを遣り、だがグラスを傾ける手は止めなかった。
「大切なひとを喪ったことはある?」
酔狂だ。
軍人にそのような愚問をする辺り、やはり酔っているのだろうか。だが今度こそしっかりと見た彼女からは、依然としてその素振りが窺えない。
「ありませんね」
「そうでしょうね」
思ったとおり、とでも云うように、うんうんと頷いている彼女に覚られない程度に溜め息を吐く。厄介な人物に引っ掛かったかもしれない、とらしくもない後悔をしながら。
「私の恋人が軍人だったのよ。任務の途中で二年前に死んじゃったんだけど」
下らない世間話。
生憎"死"について理解はおろか同情する心も持ち合わせていないジェイドは聞くつもりもなく、相手もただ話したいだけの様だったので相槌も打たずに聞き流す。
「それで、今日が彼の誕生日で、命日」
約束してたのよ、ここで飲むって。
その言葉に、悲しみや痛みなどの感情は何も表れていなかった。女性とは案外強い生き物なのかもしれない。だが、それなら何故ここでこのように酔って気を紛らわすようなことを望んでいるのか。
「今はもう哀しいとか苦しいとか、好きだとかは想わないの。だけどねぇ――……」

忘れられないのよ。

その時はどうでも良いと思っていたが、こうして鮮明に思い起こせるくらいなのだから、きっと心の何処かでは何かしら感じていたのだろう。

その後彼女とは一度も遭う事はなかった。
数年後、ジェイドには世界の存亡を懸ける旅のなかで、大切な存在が出来た。
そうしてまるでその日彼女がただ話し続けた言葉が預言だったかのように、彼はこの世界から消えてしまった。
彼女と出遭った日は、彼の誕生日でもあり命日と同じ日だった。
そして彼と出遭って二年後のその日である今日、ジェイドはあの日と同じ時刻に酒場へと足を運んだ。
やはり彼女は居なかった。マスターにそれとなく訊ねても、顔すらも憶えていないらしい。つまりあの日以来訪れていないのだろう。
きっと二年という長いようで短い時間のなかで、彼女なりに恋人の存在を昇華したのかもしれない。
だとしたら同じ様に二年を経てなお、未だに彼を想い続けている自分の方が余程女々しい。

「もしいつか、あなたに大切なひとが出来て、そのひとがもし死んでしまったら、あなたも同じ様なことを想うのかしら」

カウンターに腰掛けて、一字一句違わずに思い出せる自分に苦笑した。
同じではなかった。彼女はもう何も感じないと云っていたが、自分はまだこんなにも彼に対して沢山の感情を持て余している。
ND2020・ローレライデーカン・レム・48の日。
"ルーク・フォン・ファブレ"が生還した。
しかしそれは、ジェイドが望んでいた彼ではなかった。
彼女の最後にひとりごちるように呟かれた言葉が、耳元で聞こえた気がした。





喪ってから気がつくの
あなたを喪ったこと



2007/02/25 日記掲載。
お題:風葬(http://www5.pf-x.net/~slyou/h/)
2007/03/04