恐らくこの旅の終末の舞台になるうるであろうこの地すらも、地平線に沈んでいく太陽が道連れにするかのように紅く染め上げる。
ヴァンが作り出した、彼の喪われた故郷であるホドのレプリカ――栄光の大地エルドラント。だが目前に広がる真白な建造物は、 その名を廃るようにひび割れ、傾いで原型を留めないものさえあった。
それでもガイが自身の屋敷跡を見つけた際に呟いた言葉は、確かに存在していた事を示していた。
己が生み出した罪。全てを在りのままに複写し、もうひとつの実物として造り出す技術。自ら禁忌とする事で醜い過去に蓋をした。
しかしその過ちから産まれた生命に出会った事で、己のなかの何かが確かに変わった。
最初は疎ましく忌々しいとすら思っていたその存在が、己にとってかけがえのないものとなったのは何時だっただろう。
彼と出会ってから今までを思い返してみても、心当たりはない。ただ思い浮かぶのは、あどけない感情と表情。
七年間屋敷という名の牢獄に閉じ込められていた彼にとっては、外界に出てからのすべてが目新しいものだったのだろう。意地っ張りで傲慢な仮面の下の不器用な純粋さはきっとそれらに対し真っ直ぐ向き合っていた。
雪国に生まれた己は、舞い降る六花を見ても何の感慨も持たなかったし、降り頻る雨など不快感を催すものでしかなかった。
ところが生を渇望した彼は濡れる事も厭わず、寧ろ少しの変化――風の香や微かな空気の変化や季節の移ろいさえもまるで自分のなかに刻み込むように、五感を総動員させて感じていた。
大切な者を喪う事を解っていながらも当たり前のように生きている己は、季節や時間の流れるその感覚も知らぬまま。
そんな事を思いながら、同じように少し前で紅蓮の落日を眺めているかけがえのない存在を見つめていると、目眩のような視界の揺らぎを覚えた。思わずその手を掴むと、彼は驚いた顔でこちらを振り向いた。
「どうしたんだよ」
「いえ――」
あなたが、消えてしまいそうな気がして。
呑み込んだ言葉は、だが胸にどうしようもない焦燥と大きなしこりを残す。
空も大地も紅蓮の焔に燃える光景に、聖なる焔の光すらもが熔けてしまいそうな不安感を覚えた。
「そんな所に立っていると落ちますよ」
女々しい思考を馬鹿馬鹿しいと一蹴して、懸崖の縁に立つルークにそう言うと、「大丈夫だよ」と妙に落ち着いた返事が返る。
「ジェイドがいるから、何があっても」
だから大丈夫。
そう言って確かな笑顔で笑うルークから目を逸らしたくなるのは、もう何度目だろう。
「……当てにならないですよ、そんなもの」
己は人間だ。何の力も持たない無力な人間だ。幾ら死霊遣いと呼ばれようと、実際に死に対して何らかの力を持つわけではない。
確実に近付く彼の死への歩みを止めようとどれ程足掻いても、そんなものは何の歯止めにもなりはしないのだ。
宛ら最期の生命を燃やし尽くすように光を強めた紅い陽を、声を失ってただ見つめることしかできないように。
不思議なまでの静けさに包まれて、惜別の念に駆られた旅の仲間たちは涙を耐えて、強い意志で立つ彼と約束を交わす。
何がそんなに哀しいのだろう。ただ、太陽が沈むように彼もまた少しの間己たちの前に姿を見せなくなるだけだ。
夜を迎えれば朝は必ず訪れるのだから、何も哀しくなどない。だからサヨナラという言葉は誰も告げない。
差し出した左手を握り返した彼は確かに存在している。交わした約束も感情も体温も、今目の前にいる『ルーク・フォン・ファブレ』とだけのものだ。
「生きて帰って」と願う言葉に頷いたそれが例え嘘であったとしても。
BGM:落日/東京事変
2006/12/09