こいのあじ
ルークのその行動に疑問を抱いたのはいつだったか。
気付けば誰もが不思議に思うのに、何故か誰ひとり突っ込まなかった。
いや、色々な意味で洞察力に優れすぎたジェイドは気付いていたかもしれないが、敢えて言わないところがこの男の性格なのだ。

それはさておき、何より重要だったのは、その行動に誰が一番早く気付いたかではなく、誰が最初に問い質したかだった。


「ガイ、そこの塩取ってくれ」
気付いてから今日で8回目。
心の中でカウントを続けながら、ガイはテーブルの上に置いてある塩をルークに手渡した。そしてその後の彼の行動を覚られない様に観察する。
躊躇う様子もなく大量の塩を振りかけて、食事を再開する。それ自体は別に問題はないのだ。人によって味の好みは違うのだから。
しかも彼は生粋のお坊ちゃまで、今まで一般人では考えも及ばないほどの素晴しい料理を味わってきたし、元来キムラスカ人は味の濃い料理が好きであるし……。
だがガイだってキムラスカの料理にも慣れた身である。ルークの好みだって完璧ではないが殆ど把握しているという自負もある。その自分が思うに、今日の味付けだって別に気にするほどでもない。
……はずなのだが。
「――なぁ、ルーク」
「ん?」
「そんなに塩かけて大丈夫なのか?」
「なんだよ。大丈夫だって! こんぐらいで病気になるような鍛え方してねぇし」
「いや……」
問題はそこじゃないんだが。
後半の呟きを飲み込んで、それならいいんだ、と笑顔で返した。
恐ろしいことに、これまで挑戦した結果は0勝7敗。今の惨敗を追加すると8敗になる。
このやり取りを見て、ある者は不憫そうに眉を下げ、またある者は愉快そうに意地の悪い笑みを浮かべるのだ(ここでそれが誰かを明かすのは敢えてやめておこう)。
「ガイも苦労が絶えませんねぇ」
若い時・・・の苦労は買ってでもしろって言うからな」
語尾に真っ黒なハートマークでも付いてるんじゃないかと思うようなセリフを吐いて嗤う性悪眼鏡に嫌味を返し、食事を再開する。 そして今の嫌味を引き合いに出して後で色々押し付けられるだろうと、今更後悔した。この腹黒軍人との会話はいつでも命懸けである。
そんな事を思いながら食べ続けていると、ふとティアがフォークを置いてじっとルークを見ていることに気が付いた。
やばい、まさか――……。
「ルーク、私ずっと気になっていたんだけど」
ああ、神様ユリア様! いや誰でもいいからティアを止めてください!
「私の味付け、そんなに気に入らないかしら……」
言ってしまった。とうとう言ってしまった。案外鈍いからといって油断していたが、ルークよりは鈍くないらしいという今となってはどうでも良い発見をしてしまった。
俺は関係ないぞお前らだけで解決してくれ、と逃げるのはずるいかもしれないが、俺だって命は惜しい。怒りのジャッジメントはくらいたくない。
「え? なんで?」
「だって私が担当の時だけ味を濃くするでしょう?」
ティアの言う通り、他のメンバーが担当の料理の時は多少の文句は言っても味は変えない。ティアが作った料理にだけ、露骨に塩やスパイスをかけるのだ。
今のうちに逃げる準備をしておこうかと周囲を見渡すと、既にジェイドとアニスは席を立って離れた場所にいた。完璧に傍観体勢だ。さすがは腹黒策士コンビ。
「うーん……いや、何ていうか前は平気だったんだけどさ……」
ルークが視線を泳がせて、如何にも言い難そうに言葉を濁す。嘘がつけない彼の性格は素晴しいが、今ではそれが憎らしい。
怒りのジャッジメントまであと十秒くらいだろうか。怒った時のティアの詠唱時間は恐ろしいほど素早い。今のうちに本気で避難しないと危ない。
「最近ティアの作る料理、どんどん甘くなってる気がするんだよな」
「……は?」
席を立って逃げようと踏み出した足を止めて、間の抜けた声で聞き返した。声が重なって聞こえたという事は、他のメンバーもそうしたのだろう。
いやいやそれはさて置き、ルークは今何と言った?
「だから! ティアの作った料理だけなんか甘いんだよ!」
怒りのジャッジメントを恐れて涙目になっているルークは、これ以上言わせるなと言わんばかりに顔を顰めている。
ティアはどす黒いオーラを纏いながらハイスピードで詠唱を始めていた。
やばい! 逃げ遅れた――……!
「なるほど。『恋の味』というやつですね」
「え?」
ジェイドの言葉を聞いた途端、あと一言で詠唱終了というところで止まった。
助かった。ジェイド様々! と一瞬だけ感謝をして、息を吐く。が、言葉の内容にその場に居た全員が固まった。
神様ユリア様、やっぱり俺にはあなた方しか居ないみたいです。何でもいいからジェイドを止めてくれ!
「いえ、ティアの料理だけ甘く感じるなんて非科学的ですがそれしか」
「な……っ! 何言ってんだよジェイド! なんで俺がティアに恋してるからって料理まで甘くなんなきゃなんねーんだよ!」
「そ、そうです大佐! 私がルークを好きだからって料理が甘くなるんですか!?」
「おやおや、二人でノロケですか? 若いですねー」
高笑いしてからかうジェイドに対して、ルークとティアは寧ろ此方の方が恥ずかしくなるような反論をする。
料理はまだ半分ほどしか口をつけていなかったが、この状況に満腹感を覚えているのは自分だけではないだろう。
とばっちりを喰らう前に今度こそ逃げようとしたその時、「いい加減にしなさい……!」と地を這うようなティアの言葉と同時に、がしっと力強く方を掴まれ、後方へ引き戻された。
それと入れ替わるように前に出たジェイドの、いっそ清々しいほどの爽やかな笑顔を、決して忘れる事はできないだろう。
「魔を灰塵となす、激しき調――」
流麗な歌声とは裏腹に、焼けるような熱を伴った光の裁きを受け、更にフォーチュン・アークを発動されたガイは、致命的な怪我だったにも拘らず、僅か三日で回復した。
だがその間、開き直って甘い雰囲気を漂わせるルークとティアのせいで、周りの誰もが無駄な満腹感を味わった。

そして『誰か』の腹いせが再び復活したガイに向けられたことも追記しておこう。




恋愛風味




2007年1発目
2007/02/01