どうしてそんな簡単に信用してしまうのだろうかと、いつもいつも思う。
裏切りによって自身の仲間の命を奪ったというのに、それでも信用しろだなんて言うのかと、憤りにも近い感情でスピノザに言った言葉は、確かに自分自身へと深く突き刺さった。
簡単に信じていいのかと疑ってほしかったのは、既に罪を犯してしまったあの男なのか。それとも近い未来必ずその男と同じ罪を犯すであろう自分なのか。
胸に燻る罪悪感が心地悪くて、外見の幼さには酷く不相応な複雑な感情を押さえつけようとしていると、優しい声が降り注いだ。
押さえつけようとしていた感情は、更に複雑に絡み合って心を蝕んでいく。だけど胸の動悸が全く違う感情を訴えていることはわかっていた。
その聡さが彼女の良いところでもあり、だが不幸なことでもあった。
そんな資格が無いと、それすらもわかっていたのだから。
「アニスはスピノザのことが信じられませんか」
当たり前ですよ。
相手に悟られるほど不自然ではない程度に、だけど自分を戒めるようなニュアンスで。
正に自分こそが、あなたを裏切っているのに同じ様な人間を信じられるわけが無いと。
どうして疑ってくれないのか。どうして自分の性格の裏表が激しいと知っていながら、それでも簡単に信じてしまうのか。
複雑に絡み合い混沌とした感情を、曝け出してしまえたのならどんなに楽になれるだろう。
だが自分はそれをできるほど子供ではないし、それをした事での代償に耐えられるほど大人でもない。
「でもあの目は深く後悔をしている目です。きっと大丈夫ですよ」
やわらかなあたたかいその笑顔は、自分に向けられてはならないはずなのに。
「……イオン様ってほーんと人が好すぎますね」
いつも通りに茶化す口調で、泣きそうになるのを必死でひた隠しにする。
事実はわからないが、それすら気付いていないように、そうでしょうか? なんて真面目に答える。
その声に、その瞳に、その微笑みに、自分が赦されたと錯覚してしまう前に。
赦されていいはずが無い。いちばんに大切なひとすら裏切ってしまう自分を、赦してほしいだなんて思わない。
だからその無垢な瞳に私を映さないで。すべて赦してしまうような、やさしい瞳で。
たとえ泡沫のしあわせだとわかっていても、それでも噛み締めてしまう自分が、悲しくなってしまうから。
『だからその目で僕を見ないで悲しくなるから』
からっぽ/ゆず
2006/05/18