教育/母国情緒/東京事変 
 義務でも命令でもないが、顔を出さないのはどうにも。何せ相手が相手なのだし。
 これから向かう場所へ赴く間、少年はいつもそう考えながら足を運ぶ。決して怖いわけではない、間違っても。 どちらかと言えば最近になってようやっと怖がられないようになったくらいだ。だからこうして出向いているわけで。
 だって「来ないと泣いてやる」なんて今時ガキでも使わない脅しを使われたら、銃を突きつけられるより酷い強制力を感じる。
 つまるところ少年は、その脅し主の涙にめっぽう弱かったのである。

 ノックをするなんてまだるっこしい真似をする前にドアを蹴破る。普通なら即射殺モノのその行為は、部屋の主によって容認されているため 蜂の巣になるなんてことは無かった。そうでなくとも少年がその身体の隅にでも傷を作ること自体ありえない。しかも部屋の中は人払い済みだった。
 のんびりとこちらに目を向けた男は、かちゃかちゃと音を立てて二人分のティーセットを用意している。
「久しぶり!」
 いっそ気持ち悪いほど顔をへらりと崩した顔から目を逸らしてさっさと席に着く。いちばん最初に訪れた時、女のようにエスコートされた屈辱は少年の自尊心をそりゃあもうズタズタに傷つけた。 けれどその後瀕死の目に遭わせた上、五年以上も前の話だったので、そろそろ許すことにする。
 割と手際よく淹れられる紅茶は見た目通り味も良い。そりゃそうだ。五年もやり続けてちっとも上達しないんじゃあこの男はとっくの昔に殺されている。他でもない彼の家庭教師に。 あいつは目も当てられない作品を残すくらいなら割ってしまえという職人気質な完璧主義者だ。それにしては出来の悪いのが出来上がったが。
「最近どう?」
「お前に心配されるほどじゃねーぞコラ」
「確かに相変わらず生意気だよなちくしょー」
 今では挨拶代わりとなった常套句を交わして、もうすぐ二十五になるとは到底思えない幼さで笑う男を目の前に、不機嫌ともとれる顔で紅茶を味わうでもなく啜る少年の様相は年齢以上に大人びている。 下手したらこいつの方が若く見られるんじゃないかと、強ち間違ってもいないだろうことを考えながら、おそろしくゆったりした時間を過ごす。
 こうしてボンゴレボスと青いおしゃぶりのアルコバレーノの不定期で実りないお茶会は続く。

「忙しくないんなら泊まってけよ、コロネロ」
 彼にしては珍しく引き留める言葉に、質疑の意図を込めた目を向けられて肩を竦める様子は随分様になってきた。むしろそれだけが年相応に見える。
「最近どうも平和すぎるしリボーンも出張だし、ちょっと寂しいかなー……なんて、あはは」
 平凡至上主義のくせにいざ平和になると寂しさを覚えるという矛盾と、歳の割りに幼すぎる口調が一層彼を哀れな人間に思わせたので、現在長期の仕事中らしい見た目も腹も真っ黒な同胞の名にすこしだけムッとしつつも、コロネロは殊勝にもその言葉に頷いてみせたのだった。
 しかしそれはあくまで、少年自身の意思である。



 少年が招かれる日は、決まって黄色のアルコバレーノが彼の側を離れている時だと気づいたのはいつだったか。
 だけどそれを詰るような馬鹿な真似はしなかった。今では誰もが彼をボンゴレの名で呼ぶなか、唯一名前で呼んでやる狡賢い優しさを喜んでいる彼にはとてもじゃあないが、言えない。 それに、口に出せば優しい彼がコロネロを利用するのをやめることを知っていた。それなら自分もこの時間を利用すればいいだけの話。
 約束通り屋敷に留まった少年は、我が物顔で綱吉のベッドに寝転がりながら算段を立てる。恐らく予定より数倍の速さで仕事を片付けて来るだろうヒットマンの、その日まで居座る自分を見ての不機嫌顔を想像しながら。
「かわいそうに、こんな悪い大人に捕まっちゃって、」
 哀しみと自嘲が滲んだ声を零したその口が、ごめんなあ、と瞼にゆっくりキスを落とすのを、狸寝入りを決め込んだ少年は五感のすべてで感じている。 そこからじわじわと、言葉では形容できないドロドロした感情を孕んだ熱が拡がるのに、そう時間はかからなかった。折角寝たふりをしているのに、笑ってしまいそうだ。
 無実で純粋な子どものふりをして、その罪悪感で彼を縛りつけている本当の悪いやつが目の前に居ることに、自身こそが真実捕まっているのだということに、誰よりもかわいそうなこの大人はまったく気がついていないのだ。
 獲物をじりじり追い詰めていく獣の高揚感。ああ、笑ってしまいそう。

だけど思わず笑みが零れる私は仕合せ


2008/11/25
純情もいいですが、たまにはアルコバレーノらしく!(どんなだ)