ずうっと ずっと 大すきだよ 
『すきならすきと、いってやればよかったのに、だれも、いってやらなかった。
 いわなくても、わかるとおもっていたんだね』

懐かしいものを見た。正確には、読まされた。某家庭教師の陰謀めいた力で何でか保育係に任命されてしまった綱吉は、その保育対象にせがまれて絵本なんてものを読んでやった。 表紙を見た瞬間、あ、と思う。水彩で描かれた犬と子どもの後姿。小学校の低学年くらい、教科書に載ってたこの話に随分と泣かされたのを憶えている。 生まれた頃から一緒だった犬が、自分を残してどんどん大きくなり、老いていき、死んでしまうのを受け入れる少年のひとり語り。 それでも少年は「ずっと大好き」だと言えたからよかったのだと言う。なんとも切ない話である。
漢字というものを覚えてしまった現在、ひらがなの羅列をすんなりと読むのはなかなかに難しかった。当時は拙いながらもちゃんとした文章と意味で頭に入ってきたものが難解なものになる。 それは何かを失うのと似ていて、当たり前に見える景色が知らない間にすり替わっている事実を知る。 ランボもそんな風に、この当たり前の生活をいつかは忘れるんだろう。何でだろ、それってなんかめちゃくちゃさみしい。
読んでくうち、目の前にある瞳がどんどん潤むのが見えた。あ、こいつ泣く。考える前にコロコロ音がするみたいにビー玉の雫が落ちた。 そのうち目が融けてなくなるんじゃないかってくらい、ランボはよく泣く。盛大に鼻水なんかも垂らしちゃって。正直、うざい。でも可愛げの欠片もない赤ん坊の傍に居ると 可愛く見える時もあるもんだから、世の中って侮れない。
「お前ほんと泣き虫だね」
読み終わって言えば、泣き叫びながら思い切り否定。全否定。おいおい、それで泣いてないってのはありえないだろう。思わず笑ってしまう。それを馬鹿にされたと思ったのか、いつものお決まりパターン。 最近ちょっとやりすぎじゃないか、と唸る間に煙が立ち上って、10年後の彼が現れた。
「やれやれ、またですか」
「お前が言うな」
「ですが若き日のボンゴレ、あなたに逢えるのは悪くない」
言いながら綱吉の手を取って口付ける伊達男に、腹の底から溜め息が込み上げてくる。何がどうなれば一体、あのもじゃもじゃ頭の泣き虫が、この老若男女誰彼構わず口説きまくるような色男になるんだ。 きっと10年前の(というかさっきの)、絵本を読んで感動する純粋さなんて忘れちまってるに違いない。でなきゃ浮気な台詞で女の子を泣かせるような真似、できるはずない。
惜しみなく吐き出された溜め息をランボは気にする様子もなく、綱吉がもうひとつの手に持っているものを見咎める。それから嬉しそうに笑って一言、「懐かしいものを持っていますね」
綱吉はそのままたっぷり30秒、言葉を失った。むしろ気を失った。だってたった今聞こえた言葉は、絶対にありえないと直前まで確信していたものだった。
「え、何おま、これ憶えてんの?」
「そりゃあもう」
固まっている綱吉の手から絵本を取り、ぱらぱら捲って目を細める。
「これのお蔭で、好意を伝えることの大切さを学びましたから」
ああ、こいつがこうなっちまった原因は俺だったのか。今、ついさっき読み聞かせてやったせいで!
今までで一番の後悔と罪悪感に苛まれながら、10分前に戻りたいと切実に願う綱吉の前、笑う少年は感謝をしているらしいがそれどころじゃあない。何と言っても人の人生を狂わせてしまったのかもしれないのだ。 綱吉の予想を裏切った純粋さは、意外な方向へ切り替わっていたらしい。
「ランボ、ごめんよう」
「何がですか」
「俺のせいでそんな甲斐性無しに」
「何気にひどいですよボンゴレ……」
傷ついた目をしてみせるその姿は、今のランボと変わらないような気がする。当たり前の生活を忘れないでいてくれた少年は今も未来も泣き虫のままらしい。 それが嬉しくて自然に顔が緩む。何故だか目を瞠ったランボは、コホン、とひとつ咳をして表情を変える。真顔になると元々整っている顔がいっそう端整に見える。 ちくしょう。
「俺は好意は示しますが、愛を誓うのはひとりきりです」
「おお、そりゃいいことだ」
「俺が愛してるのはボンゴレ、あなただけ」
は? 今何って言いました?
今度こそ本気で固まった身体が引き寄せられる。顎を捕えられて逸らせない目を伏せる。や、ばい、なんか流されそう……!



「……た、すかった…………」
10年バズーカ、入れ替わり制限時間約5分。腰が抜けて座り込んだ綱吉の上に乗ったちいさなランボは、5分前と違って上機嫌である。
「ランボさんはツナが大好きだもんねー!」
その言葉が愛の囁きに変わるまで、あと数年。

ずうっと、ずっと、大すきだよ

2007/11/17
ずうっと ずっと 大すきだよ / ハンス=ウイルヘルム