風邪をひいた。しかも久しぶりに熱が出るタイプの。いつもはだるいだけの微熱で終わるのに(ぼんやりしているようで、うちの母親は息子に結構厳しい)、今回は学校を休むしかなかった。何てったって玄関で倒れてそのままブラックアウト。家庭教師の一撃で目が覚めた時には、もう昼過ぎだった。

 文句を言いつつ「うるせーから出やがれ」とのお言葉に従って携帯を見たら、着信履歴と受信メールの数がちょっとありえないくらいだった。どれくらいかっていうと、一分に一回ペース。しかもたったひとりから。合間に山本の名前もあるけど、比較にならない。
 授業はどうした。という声を飲み込んで通話ボタンを押すと、繋がってコンマ一秒で出た。うん、昼休みだけどね。待っててくれたみたいだけどね。

「……もしもし」
「あああじゅうだいめ! 貴方の獄寺今会いに行きます!」
「や、いいから」

 しかも俺きみのこと所有物にした覚えないよ、ボスになる気も! ―――そう意気込んだだけで声に出してないのに、側頭部に衝撃がきた。笑いながら凄んでいる家庭教師に、もう睨む気も起きない。それよりもこの変化が乏しい表情から、正確に気持ちを読み取れるようになった事がすこしうれしかったりする。

「とりあえず明日は学校行くから大丈夫来なくていいからね!」

 断末魔みたいに名前を呼ぶ声を電源ボタンで断ち切って、枕に沈み込む。めちゃくちゃ頭が痛い。唸りながら仰向けになったら、枕元で不適に嗤っている目と視線が合った。

「情けねーなダメツナ」
「うるさい」
「そんなんじゃボスになれねーぞ」
「なる気ないって言ってるだろ!」

 わかってるくせに。だけど俺が最終的にはたぶん断れないんだっていうのもわかってるからこそのセリフだ。そしてこういう事を考えてる時点で、っていうのは、見ないふり知らないふり。しかも叫ぶのってかなり体力消費する。リボーンに遭ってから、俺は叫んだり喚いたり死にそうになったり散々だ。それでも体育大会に参加したり大人数で雪合戦したり放課後遊びに行ったりふたりだけだった家が賑やかになったり、出逢ってから与えられたそんな些細でも大きな変化がどうしようもなくうれしいどうしようもない俺がいる。

 そんなどうでもいい事をつらつらと考えていると、意識がだんだんぼんやりしてくる。熱が上がってきたんだろう。だるいのもひどくなってきた。もう今日はこのまま寝よう。獄寺くんに約束しちゃったし。そうして自然に降りてくる目蓋に任せて目を閉じると、ちいさなつめたいものが額にふれた。

「ママン呼んでくるぞ」

 リボーンのその行動自体、明日空から降ってくるものを心配するくらい信じられない事だった。だけどそれ以上に信じられない事に、俺はなぜかそのちいさな手を掴んでしまった。

「なんだ、さみしいのか?」

 うわ、今こいつ絶対厭な嗤い方してる。いつもなら死ぬ気で否定する場面なのに、反論する気力も言葉を選んでいる余裕ももう残ってないのが事実。

「おまえのほうがさみしそうだよ」

 意思とはまるで関係なく口から走り出す言葉は、だけど本心からの気持ちだった。
 だってどうしてこんなちいさな手で、あんなにつめたい硬い恐ろしいものを握り締めて、真っ暗な闇のなかにたったひとりで生きてるんだろう。それがどんなにさみしい事か、かなしい事か、本当は識ってるんだろ。
 いつか誰も知らない場所でひとりきり、その命を終わらせるような生き方を選んで歩いているような、そんな姿は見ていられないんだよ。

 リボーンの手と俺の手の温度がおんなじになっていく過程を意識していたら、火照った頬に筋になって無意識に流れるぬるい水。だめだ、熱が出ると涙腺がゆるくなっていけない。
 馬鹿にされるにちがいないと思って、重い目蓋を開いて盗み見ようとしたのに、思いっきり引っ張っられた布団に阻まれてできなかった。

「このバカツナが」

 あ、やっぱ馬鹿にされた。でも気づいてるか。声ちょっと震えてるって。勘違いかもしれないけど、ボンゴレご自慢の超直感がこんな時ばっかり役立つ。
 だからもしそれが本当だとして、俺の心を読んでしまえるおまえの声が震えるその訳を、勝手に思い込んでしまってもゆるされるよな。
 こんな事は絶対にありえないけど、それでも繋いだこの手が離れなくなったら、このちいさなまるい手がリボルバーを握るような事も、紅く染まる事もなくなるんだろうか。いつか再び闇に紛れてしまうだろうこのちいさな家庭教師の身体を、抱きしめられる日がくるんだろうか。

 それなら俺はいつまでだって、たとえ世界が目の前で朽ちていく瞬間までだって、この手を繋ぎとめておくのに。

繋いだ手が離れないのならば


2008/05/06/
お題 / 月にユダ [ http://2shin.net/berbed/ ]
零さん宅の萌茶にて(ありがとうございました!)