りぼつな好きさんは是非に聴いてみてほしい!いや、歌詞を見るだけでも!! 
だだ広い部屋の空気を動かすのは、万年筆が紙の上を滑る音と、暖炉の火が爆ぜる音だけで、あとはなにもなかった。 ひとりっきりで過ごすにはここはさみしすぎる。それでも何か新しいもので空間を埋めるのは憚られた。 時代のついた家具や壁や絨毯は、新参者には些か居心地が悪い。
そんな部屋にやたらと響いた軽いノックに応えれば、ここ数日仕事に赴かせていた右腕が姿を現した。

「失礼します」
「ご苦労様」
書類に走る手を止めて獄寺を迎える。自分の休憩も兼ねて紅茶を勧めようとローテーブルに促したが丁重に断られたので、すこし残念な気持ちになった。 まあ仕方ない。帰って来ても休む暇もないほど、やらなければならない仕事なら腐るほどある。
綱吉がボンゴレ十代目に正式に就任してから約二年。それでも安定するにはまだ早いのだ。

「こっちが今回の報告書です。それから、」
「もういいんだ隼人」
「でも」
繕い慣れた笑顔にのせてまだ慣れない呼び名で制すれば、哀しげに眉を下げる子犬のような獄寺から報告書を受け取って目を通す。 書かれている文書を要約すれば、テロリストの殲滅および武器の押収。文字の羅列にするとこんなにも薄っぺらい報告の裏にあった残忍な凶行は、誰でもない、綱吉が命じたものだ。 テロリストたちは自分たちの誇りを以って、綱吉はボンゴレの威信をかけて、それぞれの正義を潰しあう。正義なんてものは突き詰めてみればエゴの塊で、必ずただしいものなんかじゃない。
万年筆を滑らせ、自分の所業におそらくは日本語よりもの達筆でサインする。なぜなら過去に何度も何度もなぞったその文字列は、小さくて華奢な節張った手がお手本として書いてくれた綱吉の名前だったからだ。
「いいんだよ」
目を伏せて笑う綱吉が呟いたそれは、強がりにも似た諦めだった。そうするより他にない。だって綱吉がいちばんほしかったものは、きっと自分から手に入れることなんてできやしないのだ。
書類のサインに没頭を始めた綱吉に一礼をして去っていく獄寺を意識の端で捉えながら、心はどうしようもなく、闇に紛れたあなたへと向かう。




九代目から頼まれた最後の仕事を終えたなら、フリーの仕事に戻るのだろうと誰もが思っていた家庭教師のヒットマンは、綱吉がようやっとボンゴレ十代目に就任したその真夜中、文字どおり姿を消してしまった。 贅沢にドミノみたく並べられた紅白のワインも舌がとろけるくらい絶品のオードブルも、ふたりで味わうこともなく想い出を語る暇もなく、まるで灰かぶり娘に魔法をかけるようにして綱吉を変えてしまった彼は、本物の魔法使いのように姿を見せなくなったのだ。

それからどれだけ手を尽くして捜しても、彼の音信は全世界に通ずるボンゴレの情報網に掠りもしなかった。 それ以上の捜索を止めようとさせる幾多もの声に耳を塞いで、血眼になって捜した。もちろんボスが席を空けるわけにはいかない。ボンゴレから離れない程度にあらゆる手段を駆使して捜した。 守護者以外の誰もが協力の手を差し出さなくなっても、どうしたって諦めるなんてことはできなかった。
出遭ってから八年間、片時も離れずに傍にいた家庭教師は、もはや綱吉にとって不可欠の存在となっていた。神様や兄弟や親や、そういうのともちがう、いっそ細胞のひとつみたいな、絶対でかけがえのない大切な大切なたったひとりなのだ。

そんなあなたをもう二年もの間うしなって、身も心までも抉られるような、こんな酷い想いをするくらいなら、この呪いじみた魔法もとけてしまえばよかった。ドン・ボンゴレであるかぎり、だって後ろなんて振り返っちゃいられないのだ。 あたたかくやさしかった何もかもに手を振ってここまで来たけれど、本当はいつだってこわかった。
このまま頷きひとつで命を刈ってしまうような、そんな酷いことに胸も痛まなくなってしまうような獣に成り下がってしまうなんて、とてもじゃないけれど耐えられない。 それでもここまで歩けてきたのは、リボーン、あなたがいたからだ。
この身体にボンゴレの血が流れているかぎり、ダメツナのままではあっさりと殺されていたのだろうことも、たとえ仕事だとしてもそれを阻止してくれていたやさしさも今なら解る。 手がつけられないくらいに、何ひとつ持っていないオレを叱咤して立ち上がらせてくれるその声があったから、オレはここまで生き延びることができたのだ。
それなのにこのままじゃ、重く荘厳な椅子に縛りつけられてあなたを捜しにもいけない。こんなオレは、まるで完璧なあなたの眼には情けなすぎて、きっと哀れにちがいない。



短く吐いた息は溜め息にも自嘲にも似ていてやりきれない。疲れた目を労わるように目頭を押さえて、首を鳴らす。退屈なデスクワークもあとひと息で区切りがつく。 そう意気込んで最後の一山に取り掛かろうとすると、細々とした文書のなかにまっさらな一枚が紛れ込んでいるのを見つけて、丸めて投げ捨てようと思った瞬間だった。
それが超直感だったのか、それともこの妄執のような想いが気づかせたのかはわからない。だけど重要なのは気がついたということ。 無表情なあなたの些細な変化にいつだってすべての神経を傾けていたあの頃のように変わることなく、オレがあなたの細事に気がついたということ。
慌てて机の中身を引っくり返す。煙草なんて滅多に吸わないから、ライターなんか見つからない。舌打ち。閃いて、暖炉に駆け寄る。勢いで椅子がひっくり返る。どうでもいい。転がるようにして辿り着く。 情けないほどに震える手で紙を近づける。決して火が点いたりしないよう慎重に。身体が震える。




むかしリボーンが、課題と称して真っ白な紙を綱吉に渡したことがあった。いつもならびっしりと難しい数式やら文章題やらが書かれているはずなのに、その時は真っ白な紙一枚だった。 当然、オレは何の考えもなしに提出した。そうするとリボーンは鼻で嗤いながら、答えを教えてくれたのだった。インビジブルインク、いわゆる炙り出しインクというやつらしく、 リボーンがどこからかライターを取り出して紙の下にくぐらせると、何にも書かれていないように見えるそれは流麗な文字を浮かび上がらせた。

そして今この瞬間も。

"Alla mia cara persona.
Qualunque cosa farai, amala.
Malgrado tutto, la vita e` bella, degna di essere vissuta.
Esiste una sola felicita` nella vita, amare ed essere amati.
Non potresti mai immaginare.quanta felicita` hai portato nella mia vita!
Solo da quando amo la vita e` bella, solo da quando amo so di vivere.
Sei sempre nei miei pensieri e nel mio cuore.
Spero di incontrarla ancora con una vera figura.
Ti bacio.
R"


書いている時点では透明なインクであるにもかかわらず、まったくの躊躇いなく走り書かれた言葉が意味を伴って脳に伝わった直後、緊張で震えていた身体は力なく崩れ落ちて、声にならない叫びを絞り出す。
なんてことを言うのだろう。なんてさみしくって、いとおしいことを言うのだろうあなたは!

嗚咽は堪えようもなくあふれ出て、咽び泣く声が部屋じゅうに響きわたる。焦った様子で駆けつけた獄寺や山本に何を訊ねられても、まるで言葉になんてならなかった。
リボーン、リボーン、リボーン! 何度だって呼ぶ名前だけで、なんだってこんなにもいとしい。
暖炉の前で子どものようにうずくまっているこんな姿を見たら、きっとがっかりしてしまうにちがいない。 それでもどうしようもないんだ。どうしようもなくうれしいんだ。

だって綱吉があんなにもほしかったものは、リボーンが生きているという確信は、泣きたいくらい胸が締めつけられるような彼の言葉とともに、ようやく手に入ったのだ。


今日もどこかで生きているあなたは何時でも遠退いて、オレを生かし続けている。

生きているあなたは
何時でも遠退いて僕を生かす

2008/05/25
[thema] 私生活 / 東京事変