初代霧は「宗教家」っていう裏設定 

まだ思うようにはいかないはずの身体でちょっとしたやんちゃを始めそうな雰囲気を嗅ぎとって、まあ本当の目的は別にあるのだが、綱吉はクロームに耳打ちして半ば強引に件の厄介者を執務室へ招き入れた。 クロームに頼まれると何だかんだでこの男は弱い。
「どうして大人しくしててくれないんだよ」
「十年もあんなのに漬け込まれたら暴れだしたくもなります」
歌うように話される身の毛がよだつセリフには耳を塞いで、さっそく本来の話題に切り替える。都合が悪くなりそうな時はすぐにそうしろと、ボスに於ける話術のひとつとして元家庭教師の子どもに叩き込まれたのだ。
「おめでとう」
「おやおやおや、病み上がりのか弱い美青年を捕まえて何を言うのかと思えば!」
大仰に驚いた顔をしてみせる自称美青年の男を、綱吉はそりゃあもう胡散臭げな表情で凝視した。 殺しても死なないような性格をしているこの男がか弱いかどうかは別として、あのホルマリン漬けの体現という生き地獄から脱け出してきてようやく回復したのは最近の話であり、何より憎たらしいことに本当に顔だけは良いものだから何も言えやしない。
「……せっかく祝ってやろうとしてるのに」
ちょっとした親切をふいにされたことに拗ねた気持ちになって、綱吉は万年筆を回す振りをする。実際にやったらインクがそこらじゅうに飛び散る……というより、昔から学校の授業中や補習の合間に何度か試みたものの(元家庭教師との勉強中にはさすがにできるはずがなかった)、全く成功した試しがないからだ。十数年前から故郷の日本では全国大会なんてものも催されているらしいが、暇潰しも究めれば芸になるもんなのだなあと、それすら物にできなかった自分の不器用さを今さらしみじみと嘆いた。
もしもペン回しのひとつでもまともにできるような人間だったなら、綱吉の人生は変わっていただろうか。――過ぎたことは判らないが、確実にちかくそんなことはなかっただろうと思う。それはちょうど、膨張し続ける宇宙をただしい軌道で星がめぐるのと同じように、つまり綱吉がボンゴレボスになったのはそういうことだ。そしてきっとこの男と出遭ったことも。
「プレゼントでもくれるんですか」
「そのつもりだったけどやめた!」
「ちなみに何を」
「お前の欲しいもの」
つっけんどんな口調で綱吉がそこまで答えると、骸は顎に手を当てて、何か考え込むような素振りを見せた。あんまり長いあいだ考えているものだから、休憩を兼ねて二人分の紅茶を淹れてしまうくらい、綱吉は待ちくたびれた。
しばらくして紅茶を飲み終えてもなお何の反応もなく、それでも辛抱強く待っていると、骸は嫌味にしか思えない長い足を組み替えて、おそろしく優美な仕草でソーサーを左手に、カップの紅茶をひとくち啜った。指の先まで白く整っている目の前の男を見ていると、綱吉は時々、身体がすうっと冷えるような心地を味わう。まるで人形じみている骸の、所作ひとつに至るまで、これは幻なんじゃないかと思う瞬間が度々ある。
「ところでお前、今日で何万回目の誕生日なの」
思惟に耽ったままの骸に放っておかれた綱吉は、いい加減に焦れて自ら皮肉めいた話題を吹っ掛けてみる。今日、六月九日は、死後の世界を渡り歩いたというちょっと信じがたい経歴を持った六道骸の生まれた日だという。 見舞いに訪れた数日前、骸が脱獄してからずっと看病に徹していたクロームから聞いて偶然にそれを知った綱吉は、だから今までの労いや報償、特には贖罪という、そういった様々の意味合いを含めて誕生日を祝ってやろうと考えついたのだった。 大袈裟なパーティなんか開いたって素直に喜ぶとは思えないし、それならいっそ単刀直入に、いちばん欲しいものをプレゼントしてやろう。そんな綱吉の殊勝な計らいを、しかしながら先ほどのようにこの変人はあっさりと馬鹿にしてくれたのだ。
「そんなものいちいち覚えてませんよ」
「でも考えてみりゃ、お前ってずいぶん年寄りなんだよなあ」
「沢田くん、紅茶かぶってみます?」
「すみませんごめんなさい格好良い骸さん」
綱吉のささやかな意趣返しを封じ込めて上機嫌に微笑みながら「分かればいいんです、分かれば」なんて言ってみせるその裏で、相当えげつないことを考えているにちがいない格好良い骸さんは、ソーサーとカップを音もなくオールドチークを使った上物のアジアンローテーブルへ置いて、長い長い溜め息を吐いた。
「だいたい君は鈍すぎるんですよ」
「えええ何で俺いきなり責められてるんだろう」
「僕がいつもこんなに悩んでるっていうのに」
「俺の言い分無視ですか」
演技がかった口調で語りだす骸はもはや綱吉を相手にしているのかすら疑問である。
「牢獄から出て働いても教団から抜けて働いても、いつだって君はその心意に気づかないで他の男に振り回されて……」
「ちょ、ちょっと待って、何その教団って! 俺知らないんだけど!」
滔々と溢れでる骸の愚痴にぎょっとして遮る。教団なんてそんないかにも怪しい単語をさらっと聞き流せるほど綱吉の耳はまだ愚鈍ではなく、穏やかな世界に生きているわけでもない。
焦る綱吉の質問に一瞬だけ閉口した骸はすぐに合点がいったように「ああ、」と呟いた。「君が初代だった時の話です」
「――――はあ」一応頷いてみたものの、間抜けな声が主張するように意味なんてまるで解っちゃいない。俺が初代だった時の話? なんだそれありえない。
「何ですかその顔。輪廻転生なんて特別な話じゃあないんですよ。ただ僕が優秀すぎるだけで」
いったい俺は誰と話しているんだろう。理解不能な言葉を連ねる骸が、だんだん恐ろしくなる。口にこぶしから浮かせた人差し指を当ててクフフフと奇妙な笑いをもらすこいつはもしかしたら本当に幻で、俺はついにその完璧さに綻びを見つけたのかもしれない。
「ええと、骸さん?」その考えはなんだかとてつもなくぞっとするもので、何とはなしに敬称をつけて呼ぶと、男は左右で色のちがう眼を綱吉に合わせた。それは思わず身震いしてしまうほど真摯な、たまらなくせつない眼差しで。
「こうしてまた君に逢うために、僕はもう六度も人生を繋いでしまいました」
自嘲気味に笑って眼を伏せる、それはきっと綱吉が初めて見た、骸の本当の姿だった。綱吉が何度も感じていた違和の正体は、彼が自身を巧妙に偽って見せていた限りなく本物にちかい虚像。ようやっと気がついて得体が知れないことの恐怖から切り離した骸は、どうあってもちゃんと、目の前に実在する六道骸だった。
「まさか他の人間まで君と一緒だとは思いませんでしたけどね。何だか無駄足を踏んでしまったみたいです」
肩をすくめながらいつもの軽い調子に戻してそう言った骸は、もう温くなってしまっただろう紅茶の残りを飲み干して席を立つ。
「あ、プレゼントは」
自分でも間抜けなことを言っている自覚はある。今まで一縷の隙もなく本心をひた隠していた相手が本音をこぼしたというのに、それをまるきり無視するようなひどい言葉だ。しかも冗談であっても「プレゼントはやらない」と言ったばかりの口で。
扉へと向かって歩いていた足を止めてゆっくり振り返ると、骸は口の端を上げるだけの微笑で答えた。 「そうですねえ……こんなに頑張ってるんですから、六回分の人生と誕生日のお祝いに見合うくらいのものを頂きましょうか」
「そんな大層なものは」やれないよ、という綱吉の言葉を遮って、骸はとんでもないものを要求してきた。 「君の永遠を」
開いた口を塞ぐタイミングを完全に逃してしまった綱吉は、俺たぶんそんな長くないよ、と、最近弱ってきた胃のあたりを押さえながらしどろもどろに言った。 環境の変化によるものか、それとも賑やかな部下やフリーに戻っても未だに手厳しく世話を焼いてくれるヒットマンのお陰か、ボスに就任してからというもの、二年経った今でも胃痛がひどい。 それだけで寿命に見切りをつけるのはそれこそアホらしいが、それが原因じゃなくても俺の命はきっと短い。だいたいマフィアのボスが老衰だなんて穏やかな死は迎えられないだろう。
無粋でお粗末な綱吉のセリフに、骸は声を出さずに目を細めて笑った。
「人の人生に区切りはあっても、魂は巡り続ける。それはつまり永遠だと、そう思いませんか」
やっと自由を縛る牢獄から脱け出しても不器用にしか生きられない骸の、どうしてかさみしくさせるような笑い顔に、不覚にも綱吉は泣きそうになってしまった。 俺はこのどうしたってかなしいひとに、本当にひどいことをした。本当は骸の語るすべてを理解していてもなお、寝惚けた振る舞いまでして誤魔化したのは、その罪悪感から目を背けたかったからだ。 心の底からマフィアを憎んでいる男にその最大手組織の幹部なんかをやらせるような、音も光も届かない水のなかに十年も閉じ込めたまま放っておくような、こんな最低のやつに逢うためだけに、骸は地獄を這いずる道を選んだのだという。 そんな不憫でこの上なくいとおしい人間の望みを叶えないなんて、それこそ俺は救いようのないろくでなしだ。
「そんなものでいいの」
「君が『そんなもの』なんて言ったものは、僕が地獄を見てまで欲しかったものですよ」
やわらかい声と微笑みにどうしようもなく心は痛んで、とうとう情けなく泣き出してしまった綱吉を、引き返した骸はあやすようにして抱きしめた。
「ずっと僕と一緒に生きてくれますか」
そんなもので償えるなら、しあわせになれるなら、何度だってうなずいてやる。だって初代だった時の俺だって、星の軌道を辿るように、どこまでも不器用なこの男をいとしく想っていたにちがいないのだ。

死ねないのならそれは永遠

2008/06/19
お題 / オペラアリス [ closed ]
06/09 : むくろさん誕生日おめでとう!


初代ボンゴレファミリー前世説信者です。
ちなみに初代が引き抜いたのは「宗教家」→霧、「国王(きっと暴君)」→雲、「軍人」→晴、「ライバルマフィア」→雷という超妄想