Dal primo momento 
 憧れ続けて早数年。
 笹川京子といえば、友人の黒川花と並んで近隣の高校でも群を抜いて美人と名高い、中学の頃から文字通りのマドンナだった。 立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。高尚すぎて褒め言葉なんだかわからないような言葉もしっくりくるような、とにかくものすごい美人だ。
 対するオレは幼稚園の頃からダメツナなんて呼ばれているくらいのダメ人間。勉強もダメ、運動もダメ、特技もないしゲーム以外の趣味もない。 しかも将来はマフィアになるかもしれない、先も後もとんでもなくどうしようもない人生を生きているようなやつだ。
 そんなダメツナなオレは、まさに雲の上の笹川京子から、今日、なんと、チョコレートをもらってしまった。
「ど、ど、どうしよう……!」
 バレンタインという日の放課後に呼び止められて、期待しなかったわけはない。けれどいつだって淡い期待は次の瞬間すぐ壊されるから、失望に対しての準備はしていた。
 それなのに、彼女から手渡されたのはいかにも手作り感あふれるラッピングの箱。
「え? あの、これ、え?」
「ツナ君、いつもありがとう」
 花が綻ぶような笑顔を見て、失望への予防線なんて吹っ飛んだ。頭の中は真っ白で、「ありがとう」と言って彼女の後姿を見送るまでは覚えている。しかしその後はかなり朧だ。
 確かそのあと獄寺君に会ってチョコを渡されて、山本にもチロルをもらった。校門を出ようとしたら高校でも相変わらず暴君な風紀委員長様と、他校生であるにもかかわらずなぜか居る南国果実が交戦していたのでスルーしようとした。 しようとしたのに、オレの姿を見るなり息を合わせて「そのチョコ、くれるんだよね?」「そのチョコは僕宛ですね?」と言い放った。
 まったくわけがわからないまま否定していたが、それでもようやっと手に入れた京子ちゃんの手作りチョコを死守するため、死ぬ気で逃げた。逃走途中でハルにも会って屋形船型の大きなチョコを押し付けられそうになったが、そんな余裕はなかったので後にするよう言った気がする。
 そして現在、自宅。手の中にある箱をまじまじと眺めて、やっと実感が湧いた。
 あの、京子ちゃんから。ずっとずっとずっと憧れだった京子ちゃんから、バレンタインに、チョコレート。
「うわああああ! オレ今死んでもいい!」
「じゃー死んでみるか?」
 顔を押さえて咆哮にちかい喜びの叫びを上げた瞬間、カチリ、嫌な音が聞こえた。安全装置の外れる音。おそるおそる指の隙間から覗き見ると、真っ黒いスーツを当たり前のように着こなした少年が銃を向けている。中身は確実に実弾だ。
「やめろ! マジで死んじゃうだろ!」
「死んでもいーんだろ」
「比喩だよ比喩!」
 舌打ちをしたリボーンは銃をしまった。まだ五歳を越したばかりのくせに整った顔も相俟って、ひとつひとつが様になる仕種で京子ちゃんの手作りチョコを取り上げた。嫌な予感がして取り返そうと手を伸ばせば、簡単に足蹴にされてしまう。
「美味そうじゃねーか」リボンを解いて中身を見、リボーンはその生チョコを数個頬張った。「悪くねーな」
「ちょ、おい、な、何してんだよおおお! そ、それ、オレの、オレの……!」
 空っぽになった箱を見て、身体の芯まで絶望に染まる。憧れ続けて早数年。同じ高校へ入るためにそれこそ死ぬ気で努力して、リボーンのスパルタにも必死で耐えた。そして今日、その並々ならぬ血と涙の結晶が報われた。さっきまでは。やっぱり希望なんてすぐに壊されてしまうのだ。この悪魔な先生によって。
「おおお、おま、オレのおおおお!」
「チョコくらいでガタガタ騒ぐんじゃねー。そこの獄寺の手作りか山本のチロルでも食っとけ」
「ふざけんなあああああっ」
 それは格別なんだよ! オレの人生でいちばん価値のあるチョコなんだよ!
 抗議の声は涙にまみれてまともな言葉にならなかった。それでもオレの言わんとしていることはわかるはずだ。読心術云々じゃなく、オレの気持ちを識っている上でした嫌がらせだからだ。
「そもそも女から貰おうってのがジャッポネーゼの悪いところだな。好きなヤツは自分から口説き落とすのが男だぞ」
 そう言ってリボーンはオレの肩を抱き寄せて、いったいどこから取り出したのだろう、一本のバラを取り出して耳元に囁いた。
「Dal primo momento...Ogni giorno mi innamoro’di te」
 流れるようなイタリア語の響きが、かたちのいい唇から紡ぎだされるのを聞いて、オレは泣くのも忘れて思わず固まってしまった。
「こんな風にな」
 反応がないのをバカにしたように笑って、リボーンは部屋を出て行った。送り主と同じく残されたオレを嘲笑うように鮮やかに紅いバラが手にあった。
「どうしよう」そのバラを握り締めたまま頭を抱える。そんなオレは、まさに彼による教育のせいでイタリア語を学んでいた。だから先ほどの言葉の意味がだいたいわかってしまったのだ。「そんなの、反則だ」
 憧れの女の子からチョコをもらうのよりうれしいなんて、まったくオレは、どうかしてしまったんだろうか。

Buon San Valentino!

2009/02/14
Dal primo momento...Ogni giorno mi innamoro’di te.
(最初の瞬間から、毎日君に恋してる)
あってるかわかりません←