うちの先生は書くたびに余裕がなくなっていく…^^ 
「Buon giorno, Don vongola」
 華美ではないが細やかな装飾の施してあるアンティークの家具が置かれた部屋に、きれいなテノールがまっすぐ通る。入口の前に立つ声の主はまだ幼く、それでも上質なスーツを着こなして恭しく礼をする姿は堂々とさえしていた。
 部屋の主はゆっくりと立ち上がり、訪問者を笑顔で迎え入れる。
 少年へ歩み寄る青年の年齢を推し測ることは難しい。その笑顔はまだ成人していないと言われれば頷けるくらいにあどけない。しかしながらそれを裏切るように、華奢な身体つきを覚らせないほどの自然に目を奪う雰囲気と一目で上物と判るスーツとを身に纏っていた。
「Buon giorno, Don suprnova」 握手を求める手を無視し、青年はハグで挨拶を返した。「ようこそ、オレの弟」
 少年がすこし瞠目するあいだ、そこで響きわたる銃声ひとつ。二人の頭の上をギリギリ掠めた弾丸が食い込んだ壁を見遣って、少年は内心でため息をついた。
「リボーン! 屋敷では撃つなって言ってるだろ!」
「挨拶だぞ」
「そんな物騒な挨拶あってたまるかあっ!!」
 部屋主である青年が少年への拘束を解いて喚き叫ぶと、先の一撃を放った黒尽くめの少年が姿を現し敷居を跨ぐ。ボルサリーノの鍔を硝煙の匂いが漂うCz75の銃口で軽く押し上げたリボーンは口隅を上げて笑った。
「チャオ、オレのダメツナ」
「……チャオ、リボーン」
 彼らが集うそこはドン・ボンゴレの執務室。項垂れている部屋の主はボンゴレ十代目にして特異にもジャッポネーゼの沢田綱吉その人である。就任直後は一部を除く同盟ファミリーにさえ侮蔑されていたものの、2年を過ぎた現在は歴代の誰よりも大空と名高い。
「あーもう、せっかくお客さんが来てくれたってのにカッコ悪いとこ見させるなよ」
「カッコつけても変わんねーから気にすんな」
「う、うわあああむかつく!!」
 元師弟である二人のじゃれあいを見て、リボーンが連れてきた少年がくすりと笑う。それに気づいた綱吉は「Mi scusi」と慌てて謝って、咳払いひとつで落ち着いたドンの体裁を取り繕った。
「別にイタリア語じゃなくても日本語も解るぞ、コイツ」
 とんだびっくり発言をかましたリボーンは、目をまんまるく見開いて少年を見遣った綱吉を嘲笑うように続ける。「英、ドイツ、ロシア、スペイン、フランス、中国、とりあえず主要国の言語は叩き込んだ。コイツはお前と違って優秀だからな、おもしれーぐらいすぐに覚えるぞ」
 これにはさすがに綱吉はぐうの音も出せなかった。完璧主義者の元家庭教師様は何事も完璧にこなせるまでは「できる」とは言わせない。しかもその彼にここまで褒められて、事実ならば少なくとも7ヶ国語は話せる「本物」なのだ。
「ボンゴレはジャッポネーゼのほうがお好きだと思ったので」
「さすが……」言いかけた綱吉は口を噤んで一瞬無表情になったあと、すぐに笑顔になった。「お気遣いありがとう。それじゃあお言葉に甘ようかな」
「カッフェしかないんだけど、飲み物、なにがいいかな。カップッチーノ? カッフェ・ラッテ?」
 二人をソファへと勧めた綱吉の問いかけにリボーンは応えず、少年が「エスプレッソを」と応えた。
「オレが君くらいのときはエスプレッソなんて全然飲めなかったよ」
 苦笑した綱吉は隣の部屋へと消えた。扉が閉じるのと同時にリボーンが舌打ちをして隣に腰掛ける少年へ呟いた。
「てめえ、あのセリフはオレが言ったんだろーが」
「じゃああの時訂正すればよかったじゃないですか」
「かわいくねーな」
「ボンゴレと違って?」
「そーかそーか、そんなに撃ち殺されてーのか」
「Mi dispiace. からかえる機会なんてそうそうないので、つい」
 人好きのする笑顔から一転、裏のある笑顔で丁寧に謝罪するのを家庭教師は鼻で笑った。 「てめえがボンゴレ傘下のボスじゃなけりゃとっくに頭ブチ抜いてるぞ」
 そう言って銃を再び閉まった直後に、綱吉が隣室からまるいデミタスをのせたトレイを持って来た。 「おまたせー」、向かいのソファに座ってデミタスをそれぞれに手渡す。
 当然のように受け取るリボーンとは対照的に、少年はにこやかに「ありがとうございます」と礼をして受け取った。
「もしかしてこれはボンゴレが?」
「そ。隣オレの私室なんだけど、こいつ自分が飲みたいからってわざわざカフェッティエーラ備え付けたんだよ! 考えられる?」
「わざわざこのオレ様が淹れ方教えてやったんだ。いい練習になるだろ」
「オレ紅茶派だからカッフェあんまり飲まないもん」
 そう言う綱吉のデミタスの中身はカップッチーノにココアをかけたカップッチーノ・コン・カカオ。通例イタリアでは朝に飲まれるカップッチーノをシエスタに飲むあたり、たしかにカッフェへのこだわりはないのだろう。
「オレが飲むからな。オレをエスプレッソで出迎えるのは生徒として当然だぞ」
「出たよリボーン美学……」
 遠い眼をしてカップッチーノを啜る姿は、見た目とちぐはぐに諦観しきった老人のようだ。事実、背負ってきた苦労と諦めのはやさは、彼が目の前の元家庭教師に出逢った頃からぶっちぎりの一番だ。
「それにしても"supernova"なんて、思い切った名前つけたねえ」
 イタリアでは「スペルノーヴァ」、読みは違えどほとんど万国共通「超新星」を表す言葉だ。
 超新星とはそれまで暗かった星が数日間で数万倍もの明るさになり、その後ゆるやかに暗くなってもとに戻るものだ。敵対ファミリーなんかには特に後半部を皮肉に取られて馬鹿にされるだろう。 しかも中身はどうであれ、年端も行かないようなこどもだ。伝統・格式・規模・勢力すべてにおいて別格といわれる最大手マフィアのボンゴレのドンである綱吉でさえ未だに、童顔なのを引っ張り出してこき下ろされている。
 けれどその名前にした本当の意味は違うんだろう。それこそ日本的な「新星」の意味でつけたのだ。つまり、「『超すげー新人』ってことでしょ?」
「そーゆーことだな」
「恐縮です」
 たしかにスペルノーヴァといえば結成してからたったの数年でキャバッローネに並ぶ実力派として台頭してきたファミリーである。そのドンに家庭教師として就いている世界最凶のヒットマンの力ももちろん大きい。
「でもやっぱファミリー名で呼び合うのってよそよそしいよね。グイドって呼んでいい?」
「僕もそのほうがうれしいですね――『弟』ですから」
 密やかだが鋭い家庭教師の睥睨もきれいに見ないふりをしたグイドは、出会い頭の挨拶を引き合いに出して微笑んだ。
「え、え? あ! ……そっか、さっきの聞こえてたのか」不意を突かれた綱吉は恥ずかしそうに俯いて、「なんか、兄弟子って憧れてたんだよね。キャバッローネのディーノさんみたいなさ」とはにかんだ。
「弟弟子よりおまえのほうがダメダメだけどな」
「気にしてること言うなあああ!」
「そんなことはありません。綱吉さんはボスとしても人間としても魅力的です」
 そう言ったグイドの表情は判る人には判る含み笑いだったのだが、あいにく綱吉にそういう眼はついていない。ただのリップサービスとして受け取って頬を染めた。
「う、わあ、リボーンおまえ、こういう喋り方まで教えてんの?」
「オレがそんな安いセリフ吐くと思ってんのか」
「僕は思ったことを正直に言ったまでですよ」
 白々しいほどの笑顔で言い切った腹黒い生徒の頭に家庭教師が本気で穴を開けたいと思った瞬間、綱吉は「イタリア人はこれだから……」という悟りの境地に達した。
「それに『綱吉さん』ってなんか、変なかんじ。ツナでいーよ」
「そこまですると本当に穴を空けられそうなので遠慮しておきます」
「へ?」
「いえ、こちらの話ですよ」
 通じない話に首を傾げる綱吉をよそに「そろそろ帰るぞ」とリボーンが切り出す。
「え? もっとゆっくりしてけばいいのに」
「今日は挨拶だけの予定だったからな。それにデスクワークが苦手なドン・ボンゴレの邪魔するわけにはいかねー」
 からかうような皮肉を向けられて言葉に詰まり、すごすごと立ち上がる。ちらりと一瞥した執務机には普段よりは薄いが束になった書類。
「また来てね」
「ありがとうございます」
「そんなにヒマじゃねーけどな」
「その割りにしょっちゅう来るよなあおまえ」
「ちゃんと仕事できてるか見に来てやってるんだぞ。有難く思え」
「あーはいはいはい! 悪かったですねえダメツナで!」
 半ばやけっぱちに言い返すこどものような態度にリボーンはふっと笑って、「日本じゃ手間のかかるヤツほど可愛いって言うじゃねーか」
 そうしてぽかんと口を開いた綱吉を残して、毛の長い絨毯が敷かれた廊下を颯爽と歩く。その後ろをついて歩くグイドはくすくすと声を出して笑っていた。
「素直じゃないですね、先生」
「黙れ」
「まさか挑発に乗ってくれるなんて」
 刺々しい雰囲気をますます険悪にさせて睨みつける家庭教師を見てさらに言い募る。
「僕の家庭教師になったのも綱吉さんのためだって正直に言って下さいよ。僕のこと先生がわざと褒めるたびに視線が痛くて」
「言ったらあいつに取り入る気だろーが。つーか名前呼ぶんじゃねえ」
「それくらいのハンデはゆるして下さいよ」
 舌打ちのあと、「めんどくせーヤツ拾っちまったな」、大げさに溜め息をつくリボーンがグイド・グレコを拾ったのは、数年前の話である。それはちょうど綱吉が児童保護の慈善活動に燃えていた時期と一致する。 そしてグイドは当時パレルモのスラム街で名も無いスリの頭だった。
 本音を言えばただの気まぐれだ。就任したばかりで自分のこともままならない癖に躍起になっている綱吉に感化されたのかもしれなかった。 子分のこどもたちは綱吉個人の意思で設立した施設に送ったものの、頭のこどもはどうにも、スラムで燻っているような器ではなかったのだ。
 良く言えば野心的、悪く言えば貪欲。使い方さえ間違えなければ良い仕事をするようになる逸材だと踏んだ。性格に難があるのは目を瞑った。
「先生には感謝しているんですよ。あなたに拾ってもらったお陰で『個人』として綱吉さんに逢えるんですから」
 施設にいるこどもの一人としてではなく、明確な存在を以て認識されること。それは名前も無いままスラムで生き延びてきたグイドにとって何にも換えがたい存在理由だ。
「別にてめえのためじゃねえよ」
「知ってます。綱吉さんのためですよね」喰えない笑みを貼りつけたグイドは臆面もせずのたまった。「僕もそのつもりですから」
 その言葉に足を止めたリボーンは振り返り、あからさまな殺気を纏って無表情に低い声で囁いた。
「本気になったら、殺す」
 絶対零度の声に返るのは応えではなく、数年前にリボーンが見た野心に彩られた眼差しだった。

応えもしない子供の
仮面をつけた鮮やかな眼

09/03/16
せ、先生余裕ない…!ばくしょう
グイド・グレコはレオ君です よ !色々捏造すみません…!