既に日課となった朝のお迎えのお役目をボンゴレ十代目の自宅まで果たしに行った獄寺は、束の間の二人の世界を満喫していた。彼はそのお役目がとことん自己満足であることをまったく自覚していない。 目下、獄寺が頓挫している(と思い込んでいる)右腕の座を狙う山本が合流すると確実にろくな会話にならないと今までの経験で確信しているからだ。
「十代目? どうかなさいました?」
 どこか落ち着かない様子で相槌を打つ様子に引っ掛かって声をかける。そうすると綱吉は目に見えて慌てだした。おおきな目がせわしなく動いて瞬く様は、小動物のふるまいにも似ていてすこしほんわりとなる。 彼の自意識とはまったく別のところで、こどもやかわいいものに愛着を感じる心は着々と育ち始めている。
「あ、あの、ね」
 かすかに頬を赤らめながら伏し目がちに口ごもるのが可愛らしい、獄寺は内心で身悶えた。ボスとしての顔は唸るほど渋いのに、こうやって普段会話をしているとそんじょそこらの女子よりよっぽど愛らしいと彼は常々思っている。
「えっと、獄寺くんに話したいことがあるんだ、けど」
 上向いた瞳が自分を見つめるのを見て、視線を外さないままで不可視のフラグをさがす。これってまさか、もしかして? こぼれそうな琥珀の目を見つめ返しながら、頭の中は期待値の計算で忙しい。
「なっ、なんでしょうか!」
 思わず声がひっくり返るのも気にならないくらい心臓の音がうるさい。顔が熱い。理性が落ち着けと喚き叫んでも、それはどこかとおくから流れるバックグラウンドミュージックだった。
 再び口を開いた綱吉の双眸が見開かれるのを見るか見ないかのうちに、「がはッ」背中に衝撃が走った。
「はよーす」
「おはよー山本」
「てめっ、『はよーす』じゃねえよこの野球バカが!!」
 超高校級の剛速球を生み出す手のひらで強かに背中を殴られた獄寺がむせながら犯人へ抗議する。「お? わりーわりー」と笑うその笑顔の裏には真っ黒い思考が渦巻いているにちがいない。
「ツナ、もう獄寺にあのこと言ったのか?」
「いま言うとこだった」
「じゃあ丁度よかったのなー」
 すっかり置いてけぼりをくらった獄寺は酩酊感から混乱へと真っ逆さまに落下した。そして混乱はすぐさま絶望に呑まれてしまった。
「俺たち付き合うことにしたから、よろしくな」
 すっかりと表情が抜け落ちて黙り込んだ自称右腕の顔の前で、綱吉は手を振ってみた。気がついた獄寺はそれでも無表情に「……本当ですか」と訊ねた。
「え? まさか」、言いかけた綱吉の口を塞いだ山本が代わりに答えた。「本気なのな」
 綱吉は崩れ落ちた彼を慌てて受け止めてあたりを見渡したが、ビアンキらしき影を発見することはできなかった。
「ど、どうしたの獄寺くん!?」
「ショック死? 俺の言ったとおりになったのな」
 卒倒した親友の頬をつついているさわやかな笑顔につられて頷きかけた綱吉は慌てて首を振った。
「いやいやいや! だいたい合ってるけど死んでないし! どうしようこれ!?」
「うーん……とりあえず」腕を組んだ山本はひと唸りして、「学校行くか」
「あ、そうだね」
 案外と冷静な二人だった。

 獄寺が目覚めたのは昼休みちかくだった。それまでは山本が座らせた姿勢のままで机に突っ伏していたのだが、誰もそれにつっこめる人材が並中にはいなかった。
「獄寺くん、大丈夫?」
 覗きこんできた人物を見るや否や、獄寺は床に手と額をつけて平射した。「ご迷惑をおかけしてすみませんでした十代目!!!」
「ちょっとびっくりしただけだから、大丈夫。それより、ごめんね?」
 その謝罪がなにを意味しているのか覚って、苦いものが広がっていくのを噛みしめた。
「謝らないで下さい。あなたに謝られるのが一番つらい」
 せつない響きが絡まった言葉に傷ついた顔をする綱吉を見て、獄寺は失敗したと思った。誰よりも人の気持ちに添ってしまうやさしいひとだから、きっといまも獄寺の気持ちを考えているのだろう。だけど止められなかった。
「すみません、すぐ終わりますから」
「えっ、わあ!?」
 衝動のままに掴んだ手を引っ張って走り出す。目指すはたくさんの想い出が満ちる屋上へ。

「今から言うこと、ぜんぶ忘れてください」
 なんという独りよがり。こんなのは自分が楽になりたがための押し付けだ。戸惑いの表情を見ていられなくてコンクリートの地面を睨む。掴んだ細い肩がかすかに震えている。
「オレ、出逢ったときからずっと、十代目のことが好きでした」
 両手に力が入りそうになるのを必死で自制した。すこし力を込めただけで折れてしまいそうな華奢な身体。そのなかに潜むこわいほどのやさしさと強かさ。なにかを護るときの強い眼差し。 護りたいと思った。支えたいと願った。綱吉を構成するすべてが獄寺にとっての目映い愛しさだった。
「うそ、だよね……?」
「オレはあなたに決して嘘をつきません」
 まっすぐ見据えた困惑と悲愴が入り混じった顔。しばらく宙に目をさまよわせた綱吉は、意を決したように口を開いた。
「ごめん! オレらが嘘ついたから怒ってるんだよね!?」
「だから怒ってませ……ん? て、え? あ? 『オレら』?」
「オレと山本が付き合ってるなんて嘘ついたから、獄寺くん怒ってるんでしょ? ほんっとごめん!」
「嘘だったんすか!? じゃあ山本のヤローとは付き合ってないんすね!?」
「だってまさか信じるとは思わなくて……っていうか、ええ? 気づいてなかったの?」
「いや、気づいてなかったというか、その、」喜んだのも束の間、はやとちりで激白してしまった言葉を思い返して血の気が引いた。真っ白になった頭で言い訳を並べ立てようと考えて―――降参した。「はい」
「じゃ、じゃあさっきのって」
 青くなったり赤くなったりと忙しく表情を変える綱吉の問いに、開き直った獄寺はあっさりと答える。
「本気です。十代目に嘘はつけません。オレは、あなたのことが好きです」
 力強い返事に綱吉は真っ赤になった顔をおさえて力なくうずくまる。そしてどうしようもなくおろおろとしている獄寺を見上げて言った。「返事、明日でいいかな」
「は、はい!」
 緊張した顔を見てつられるように笑う。
「エイプリルフールなんかに付き合ったりしたくないもんね」

四月馬鹿とバカップル

09/04/01
初めてちゃんと書いた元祖サンド^^
そして初めてまともな(?)獄ツナ