初めて俺が他人から「死神」と罵られるのを聞いたとき、綱吉は自分へされた中傷のように怒り狂って泣いていた。
 慣れきってしまった感覚は、「バカらしい」と口走るのと裏腹に大きく揺らいで、ちいさな違和感を生み出した。ちいさな波紋が波となるように。
「だっておまえの名前は『リボーン』だよ」
 言葉を覚えたばかりのガキじゃあるまいし、そんなちっぽけな、しかも他人のことに固執するなんてのはずいぶん滑稽で、不愉快で、けれどどうしてか、とんでもなくいとおしかった。
「知ってる? 名前ってのは、親からもらう最初の愛情なんだってさ」
 家庭教師なんてものをやっていても、実際には、俺がこいつに教えてもらうもののほうが多いような気がする。それらは言葉で形容できるような安っぽいものでなく、生きていくための理由になるものだ。
「だからリボーン、おまえってすっごく、愛されてたんだ」
 恥も躊躇いもなく、正面きってそんなセリフを吐けるのは一種の才能であるとリボーンはおもう。言われたこちらが顔を背けたくなるくらい。
「おまえのお母さんは、お前に何度でも生まれてきてほしいって願うくらい、おまえのこと愛してたんだろなあ」
 そう言って笑った声のあたたかさといったら、心のふるえるほどだった。そして気がつく、これこそが、祝福というものなのだろう。
 死神と畏れられ、呪われた虹と罵られる日々。呪詛は日毎に心を絡めとり、いつしか自分が本物の死神なのだと思い込んでいた。
 けれど綱吉の言葉は、心からの祝福は、凍りついたその虚しい信念をゆっくりと融かしてゆく。そうして現れる人間としての剥き出しの感情が、このかわいそうなくらいやさしい教え子を、どうにかしてしあわせにしてやりたいと願う。
「ねえ、リボーン」
 たったの4文字でつくられただけの響きをこんなにもうつくしいと甘やかに感じるのは、顔も知らない母親の愛というものを知ったからでは決してない。きっとおまえが呼ぶからなのだ。

あなたっていう奇跡

2008/07/01

『「祝福」だけが「呪詛」を相殺することができる』 // 内田樹「祝福と呪詛」より