十月の十三日。どんなに忙しくともその日だけは絶対に綱吉と過ごすことをリボーンは決めていた。それは十年前から食べること寝ることにひとしい習慣だった。
 ボンゴレ幹部だけが集まって開くささやかなパーティーのあと、綱吉の私室で再びワインを開ける。それは綱吉が酒を飲めるようになった四年前に付け加えた新たな習慣。
「おめでとうリボーン」
「ああ」
 このなにか芝居じみて妙に面映ゆい乾杯にも慣れた。死神と罵られ、呪われた赤子と蔑まれてきたリボーンにとって、それはなんとも言い難い居心地の悪さとぬるま湯に身を委すような安堵感をもたらす。けれど決して嫌な気分ではないのだ、不思議なことに。
「お前ってほんとは何歳になんの」
 濃ゆい芳香を放つワインの酸味に顔をしかめた綱吉の問いに、リボーンはニヤリと笑って返す。「知りたいか?」
「いや、遠慮しとく……」
 不適な笑みに何かを感じ取ったのか、綱吉はさっと目をそらしてちびちびとワインを舐めはじめた。酒に弱い綱吉はこういう祝い事がないと滅多に呑まない。
「恒例のプレゼント、って言いたいところだけど、もうお前にあげるものなんて思いつかないよ」
 苦笑する綱吉の手には、たしかに何も見当たらなかった。
 出逢って五回目の誕生日あたりから毎年互いに贈り物をするようになった。綱吉がリボーンの誕生日を自分から祝った、その日から。
 最初は黄昏の雲で染めたような深い紫のネクタイを貰い、精巧なつくりのガラスペンを返した。その次は小さなチェスセットのお返しに王冠を模った真鍮のペーパーウェイト。翌年受け取ったのはウォルトのジュ・ルビアンで、ジラール・ペルゴの腕時計を贈り返した。そして去年はピネイダーのうつくしい鞄にはまるでそぐわない、護身用のベレッタを嫌がる綱吉に無理矢理与えた。
 リボーンの与えたそれらすぐに使えないような代物たちは、だんだんとボンゴレのボスへ近づくようにという呪いじみた願掛けであった。だから今年はスーツ一揃いを渡すつもりでいる。それでようやく、リボーンの育てた十代目ドン・ボンゴレの完成だった。
 けれどリボーンにとって、生まれたことを心から祝福する綱吉の声さえあれば、それが何よりの贈り物だった。
「だからさ、今年はお前が欲しいものをあげようと思って」
 躊躇いがちに「いいかな」とたずねる綱吉に、リボーンはわずかに戸惑った。なぜなら素直に浮かんだ要求がとても綱吉を困らせるとわかっていたので。
 出逢ったあの日から、リボーンの本当に欲しいものなんてたったのひとつだけだった。
「本当になんでもいいのか」
 いつも通りに発したはずの声は、笑ってしまうほど硬かった。しかしそれさえもできない。
 不自由を嫌うはずの自分が、いつの間にかがんじがらめになっている。見ないふりさえ意味のないほどに。
「うん。今まで一応、世話になったし」
 すこしだけ身構えた綱吉はきっと財布の中身を心配しているにちがいないとリボーンは皮肉に笑う。
「そうだな。オレの十年は高いぞ」
 その言葉に、うっ、と息詰まった綱吉を見てリボーンは躊躇いにさらに揺らいだ。それとは真逆のところにいるもう一人が唆す声に負け、リボーンは囁く。
「お前のすべて。心も、身体も、一生オレのものだと誓え」
 てっきり思いっきり高価な物を要求されると思っていたのだろう綱吉は、魂が飛び出したように呆けた顔で一所懸命リボーンの言葉を頭のなかで噛み砕いている。
「それが嫌なら今ちゃんと拒め。そしたらオレは二度とお前とは会わない」
 綱吉のやさしさを誰よりも知っているからこそ、リボーンはそう告げた。1か0しか赦さない。リボーンの欲しいのは親愛でも友情でも、ましてやただの師弟愛でもない。その熱も魂もすべて自分のものにできないのなら、他の薄っぺらい感情なんて意味を成さない。
「ツナ。今なら逃がしてやる」
 無言のままの綱吉に、最後の猶予を与えるつもりで告げると、思いもよらない言葉が返った。
「……お前ずるいよ」ぽつり、消え入りそうな声で呟く綱吉が、顔を真っ赤にして「逃がすつもりなんてないくせに」と俯けた。
「――ああ。ねえな」
 そんな顔をされてしまえばリボーンに躊躇う理由などなかった。いつまで経っても華奢な身体を引き寄せ、掴んだ顎を上向かせる。
「ちょ、ま、待った! りぼーんさん、そんな急がなくても!」
 焦ったような綱吉の手が顔を押し返すので、リボーンは不機嫌に睨みつけた。
「オレはもう十年待った」
 笑みを消してリボーンが言えば、ながい沈黙いのあと、観念したように綱吉の目が伏せられる。
 生まれてからの長い幾年、初めて心から欲したものが、ようやく手に入った。これ以上のしあわせなんて、きっとどこを探しても見つからないだろう。
 なによりいとしい存在を抱き締めながら、リボーンは衝動のままに口づけた。



きみの未来をください

2009/10/13
最後にツナがあげた「ジュ・ルビアン」はウォルト(香水ブランド)3部作のひとつで、「再会」という意味なのです。
先生が香水つけないってわかってても願掛けにあげたツナの気持ちを汲んで、先生も何も言わずに受けとりました。
という裏設定。とんだ妄想ですみません。

先生お誕生日おめでとう!


ちなみに綱吉ver.はがっつりえろでしたおほほほほほほ
はずかしいのでもう上げません