これ以上好きにさせないでください! と三浦ハルが叫んだのは、枕に顔を押しつけたさむい真夜中だった。
 彼女は沢田綱吉という他校の同い年の男の子に恋をしていた。川に溺れかけた命を救われてから彼は彼女にとって誰よりもの特別で、それから高校3年生の最後になる今までの6年間ずっと、恋をしていた。
 他校生である、というのは恋愛にとても不都合なもので、片想いの場合はとりわけひどい。自分が知らないうちにどんなひとと会ってどんな会話をしてどんな表情をするのかわからない不安に駆られるのは、叫び出したくなるほど心が擦り切れる。
 そのうえ将来マフィアのボスになるのだという沢田綱吉くんは、その役職にふさわしく老若男女犬猫構わず無意識にたらしこんでしまう厄介な素質があるので、ハルは毎晩顔も知らない誰かにまで嫉妬する羽目になって、気の狂いそうな想いをしているのだ。
 彼がきっとちがう誰かに恋をしていると知ったのは、出会ってからすぐのことだった。だいたい検討はついていて、そしてそれは一生かかっても越えられないくらい素敵なひとで、だからハルはときどきものすごく泣きたくなる。
 追いかけるのも話しかけるのも抱きつくのもいつだってハルだけで、この恋に見返りなんてありえない。告げたのならきっと、勘違いしてしまいそうなほど心を尽くしてくれるのだろう。残酷なくらいやさしいひとだから。けれどもそれではダメなのだ。
 やさしさなんて要らないから、あしらわれてもいい、この想いを恋として受け入れてほしい。だって綱吉のやさしさは、この恋が彼に届くまえに殺してしまう。親愛や友情に置き換えてしまう。ハルにはそんなことは耐えられない。だから冗談めかして気持ちを吐き出すだけで、真剣に伝えたりなんて絶対しないのだ、最期まで。
 この恋はたぶんお互いをがんじがらめにする。鎖のように重く巻きついた感情を持て余したハルも、それを手渡される綱吉も。身動きが取れなくなって疲れ果て、それでも誠意を尽くそうとする綱吉がやさしく微笑んだ瞬間に、ハルは死にたくなってしまうだろう。疲れきった綱吉にそんな気遣いをさせてしまう自分に絶望して。
 本当はもうやめてしまいたい。振り返らない背中を追いかけるのはかなりしんどい。それなのに現実は、会えば会うほど好きになる。言葉にできないほどの想いが募って、もうすぐで心臓が破けてしまう。
 わたし以外見ないで、なんて言えたら楽になるのだろうか。今と同じ表情で向き合えなくなるのをわかっているのに、できるわけがないけれど。
 だからこれ以上好きにさせないで。
 そうじゃないとあとすこしでハルの心臓は、きっと上手くはたらかなくなってしまうのだ。


呼吸さえままならない恋のさなか

2010/03/01