その駅のホームにいた人々は、一様になんとも気まずい心地でその様子を見守っていた。
視線の先にいるのは、ひとりは片頬が赤く腫れて不機嫌を隠そうともしない紅い髪の少年、
ひとりは亜麻色の長い髪を揺らすたいへんスタイルのいい(俗に言うボン、キュッ、ボン)同じ年頃であろう少女が複雑な面持ちで佇んでいる。
ふたりの雰囲気の悪さは周りを巻き込んで、ホームは異様な緊張感に支配されていた。そういうわけで、話は15分前の電車内にさかのぼる。
冬であるというのに熱気さえ感じる人の波のなか、少女は非常に腹立たしい気持ちで、鉄製の手すりを曲がりそうなほど握り締めていた。つまり激昂していた。
原因となるその手は制服のスカートの上を気持ちのわるい動きでさまよっている。勘違いだろうと思って放っておいたものの、それにより調子づいたらしく
一向に止まる気配は無い。吐き気を覚えて若干怯んだものの、しかしながら、人間には我慢の限界というものがある。
彼女は一瞬のうちに覚悟を決めて振り返りその手を掴んだ。そして見事な平手打ちをお見舞いして一言、
「いい加減にして変態!」
その直後、放心した相手は我に返り、掴んでいた少女の手を振り払った。
「俺じゃねえー!」
「この期に及んで言い訳するの? 最低ね、あなた」
「俺じゃねえっつってんだろ! この勘違い女!」
「なっ……開き直らないで!」
「あの……」
「何よ!」
反射で叫び、はっと気が静まる。声をかけたのは品の良さそうな主婦だった。
「え、あっ、すいません、つい……」
「ええ、大丈夫です。それよりその方、あなたを助けようとなさってたんですよ」
たっぷり、10秒ほど少女が呆けているあいだに、少年は舌打ちを残してホームへ下りてしまった。教えてくれた主婦にお礼を言ってそれを慌てて追いかけ、後に続いた。
「あの、待って! ごめんなさい」
「あー顔痛ってえ」
「……ごめんなさい」
「変態で最低、ねえ」
「……あの、本当に、ごめんなさい」
「どこのお嬢様か知らねーけど、電車乗んのやめた方いいんじゃね」
そう言って寄越された視線が胸元にいくのを見て、それにコンプレックスを持っている彼女は「な、何見てるの」と
すこし咎めるような口調で言ったが、返された「そのエンブレム、ダアトだろ」という言葉に見当違いだと知って赤面した。
今日はきっと厄日にちがいない。彼にとっても、自分にとっても。そう思っていた矢先の事である。
「しかもそのメロンじゃ触ってくれって言ってるよーなもんだろ」
パン、という小気味良い音が響くのを、数秒後少女は信じられない気持ちで後悔する。
「……ってぇ……」
今度こそ本当に唖然としてしまった彼女は、しかし持ち前の冷静さでセクハラ発言への報復だと考え直した。今の世の中は女性にやさしくできている。
「ありえねー! 『この期に及んで』まだやるか?」
「だって、あなたが変な事言うから!」
「せっかく助けてやったのに」
「……!」
そして話は冒頭へもどる。
「なあルーク、そういえば今日、転校生来るんだってな」
そういえばも何も、まったくの初耳だった。だが盗み聞いていたらしい周りの反応も似たようなものなので、彼独自の情報網からもたらされたものだろう。
温和そうな顔をして結構あくどい事もやってのける彼は、ガイという名の情報通なのだ。
しかしなんでまた、この時期に。春まで待てばいいものを。
「へぇ。どっから来るんだよ」
「ダアトだってさ。わざわざこんな三流高校に来るなんて、どんな変人かねぇ」
ダアトは国内屈指の三大名門校のひとつである。ちなみにあとの二つはマルクトと、ルークが以前まで通っていたバチカル。
それはこの学園の理事長以外、誰ひとり知らない事であるが、しかしそれならば自分も変人のカテゴリに入るのだろう。
だが名門というのは堅っ苦しい事このうえなく、合わない人間にはとことん合わないのだ。たとえ血筋がどんなものであれ。
「そんでお前が話題にするっつー事は女か」
「そう、しかも―――」
ここで彼の脳内には、ダアト+女=厄日、という図式が浮かんだ。あの日は本当に最低だった。
そしてチャイムと同時に現れたハゲ頭の後ろに見えた人物に、その図式が正しい事を図らずも証明してしまったのだ。なんたる悲劇。
「ダアトから転校してきたティア・グランツです。これからよろしくお願いします」
「かなりのグラマー、ってのは、ホントだったな」
声を潜めてニヤリと笑ってみせる女性恐怖症の女好きに、しかしながら素直に頷く事は出来ない。何てったって彼は、彼女の性分を知っているのだ。
「それ後で本人に言ってみろ。ボコボコにされるぞ」
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