娯楽/OSCA/東京事変 
 オールドラント国は他国とは少し違った政体の国である。十三の州から構成され、自治権を有する特別自治州はそのうちの三つだけ。 事実上、国全体の統治を任されている中央のダアトの他、南のバチカル、北のグランコクマがそれである。 ダアトは立法、バチカルは行政、グランコクマは司法という風に三権をひとつずつ担い、平等な平和の名の下に運営している。
 ダアトに据えられている、国家権力をまとめる最高機関(通称、神託の盾)に所属できるのは、国が指定したその三州にある幼稚舎からのエスカレーター式国立校で、超がつくほどスパルタな課程を修了した優秀な人材のみ。 そして国の頂点、つまり君主になれるのは、その三州で代々それぞれの権利を以て州を中心とする地方を自治してきた、いわゆる由緒正しいお家柄の人間のなかの、たったひとり。
 掻い摘んで言えば、国のトップを世襲できる血筋が三つ存在するのである。




 それがこの国の現状だとして。
「まあそんなの俺らには全っ然関係ないけどなー」
 いっそ拍手を送りたいほどに型通り進められていく老いぼれ爺さんの、世界一受けたくない授業のつまらなさに致命的ダメージをくらった連中のなかで、 ひとりだけ風呂上りのような表情で伸びをする隣の席の金髪の青年は、しかし腹のうちで何を思っているか知れない。
 四時限目で空腹な状態であることも手伝って、機嫌が底辺にまで陥没したルークは、 心中であの老いぼれに思いつく限りの罵詈雑言を駆使して悪態をついていたが (あんな骨董品が滔々と独りごちる授業がなんだって現代社会なんだユリア像の前で観光客相手に歴史でも語ってろ………云々)、 どうせこいつもそんなもんだろうと当たりをつける。笑顔が完璧なヤツほど信頼ならないのを忘れちゃならない。
「そりゃそうだ。あんなつまんねー世界に首突っ込むヤツなんてロクなモンじゃない……」
「関係ないわけないじゃない。国民である私たちだって国政に参加する権利と義務を持つのよ」
 だからってお前がこの会話に参加する権利も義務もねえ。
 ガイの後ろの転入生に向けて、うっかり口から飛び出そうになった言葉をきれいに飲み込んだ。 華麗にスルーというアビリティをマスターした俺はきっと今この瞬間大人の階段を十段くらい駆け上ったにちがいない。
「ガイー、メシ食おうぜメシ。腹減って死にそうだ腹と背中がくっつきそうだ」
「女性に優しくできないヤツにやるメシはないぞ」
「あいつに優しくなんかできるか」
「なあティア、一緒にメシ食うか?」
「お前はバファリンか何かか? 半分優しさでできてんのか?」
 先日痴漢にあっているのを、珍しく小指の先ほどの仏心が疼いて助けてやろうとしたその女は、あろうことかルークを犯人だと勘違いした挙句変態呼ばわりしたうえに平手打ちを食らわせてきたのだった。 そいつにどう優しくしろと。むしろ女だと思って殴りたい衝動を抑えているだけましだと思え。
 あれ、俺ってやっぱり優しいんじゃね、俺こそがバファリンなんじゃね、などなどの自讃をしているあいだに、ガイは手際よく机をくっつけてフィールドをこしらえていた。今時机をくっつけてお昼ご飯、なんて健全な男子高校生がやるもんじゃない。 しかし抗議するとすれば昼飯にありつけない。
 自分の事には割りと無頓着であるルークは現在、昼食をガイの仕入れに頼っている。仕入れと言っても彼が誑した女子が勝手にわんさと持ってくるので、実質両者ともにタダ食いである。
 本来ならルークもそうなるに値する容姿の持ちであるのだが、女嫌いを公言しているために近寄れない女子が歯噛みしているのを彼は知らない。
「私は別に……!」
「まあまあ、いいから座りなさい」
「お前ホントに可愛気ねえよな……。おいそこの女好き、その手にある焼きそばカツカレーパンを寄越しやがれ」



 机の上に山盛りだったパンをすっかり平らげ、暖房の温もりに包まれて心地よい眠気が襲う頃、学園一の情報通はさらりとこんなことを零してくれた。
「お、三州主席が発表されてるぞ」
 携帯を見ながらそう言うと、ちらりとこちらを見遣る。こいつ、何か勘づいてやがる。それでもそんなことは億尾に出さず、携帯を奪った。画面に流れているニュースを見ると、なるほど確かに。
「やっぱり血筋が良いと格が違うのかねー」
 ガイが言うとおり、学力に始まり作法など、あらゆる能力を試される全国一斉試験を満点でクリアした主席の名前はどれも、三州の名家中の名家、次期君主候補のものである。ここで主席を取れないようなヤツは、君主候補から除外されるのが暗黙のルール。
 画面を横切る名前のなかに、嫌になるほどよく知っているものを見て、内心で思い切り舌打ちした。きっと今頃は踏ん反り返っているだろう。
「でも、いつもより一人足りないな。確かバチカルは……」
 言いながら探るような目に変わったガイの言葉を遮るようにタイミングよく、突然、教室の外が俄かに騒がしくなる。そのなかに悲鳴が紛れているのは気のせいではないだろう。それも黄色の。
「あーうぜえ。イエティでも現れたか?」
「そりゃ驚くよなあ」
「イ、イエティってあの直立歩行のかわいい未確認動物のことかしら」
「ばか言え、直訳で岩動物だぞ岩動物」
 あの毛むくじゃらをかわいいだなんて、一体このお嬢様の感覚はどうなってるんだ。呆れて立ち上がろうとした瞬間、派手な音を立てて開かれたスライド式の扉の前に立っている人物を見て、一瞬思考も体も凍りついた。
「やっと見つけたぞ屑が! 即刻バチカルに戻りやがれ!」
 さてここで二択問題です。この状況で取るべき行動はどちらでしょう。一、怒鳴り返す。二、他人のふりをする。
 考える余地もない、二番だ二番。華麗にスルー。




Before the class / Home room / Next the class
2008/01/27

十六夜さんからリクエスト(Thank you!)