単純に彼らが死んでしまうことが悲しかったし、何もできない自分が遣る瀬無かった。そして死を悼む暇もなく前に進まねばならない現状の過酷さも相俟って、軽い絶望感を味わったのを今でもはっきりと憶えている。
少しでも時間が惜しいのは解っていても、折角グランコクマに寄ったのだ。このくらいは許されるだろう。それに少なからずも世話になった身なのだから。
そう思って墓参りをしたいという要望を口にすると、仲間も同じことを思っていたらしく、あっさりと承諾を得た。
ジェイドに案内されながら辿り着いた軍用墓地は、寧ろ滑稽なほどに律儀で不偏的だった。
一度目に自分の腕の中で死んでしまった彼の墓は、そのびっしりと秩序的に並ぶ同じ様な墓の中で、ひと際立派なように思えた。
それは彼の軍人としての高名の所為だったのかもしれないし、それでもあたたかな優しさを持ち合わせていたことをよく知っていたからかもしれない。
「あれ?」
フリングスの墓の下に小振りな花が編みこまれた輪を見つけ、それがまだ瑞々しさを湛えている事にひっかかりを覚える。 それはジェイドも同じだったようで、しばらく考える素振りを見せると、不敵とも呆れとも取れる笑みである人物の名を呼ぶ。
「へーいか? 今日の仕事はもう終わったんですか?」
その場に居る全員の背筋を凍らせることは容易いであろうその口調に、居るはずの無い――居てはならない人物が嬉々として姿を現した。
「いやあ〜久しぶりだなあ、お前ら」
「私としては宮殿でお会いしたかったんですがねえ。まさかこんな所に居られるとは思ってもいませんでした」
絶対零度の微笑みを象った口元から発せられる嫌味を、一同は唖然としたまま、一人は物ともせず聞いていた。
「お前らが来るって聞いてな。一足先に来て少し驚かせてやろうかと……」
「私を驚かせたいのなら、仕事を一日で片付ける事ですね。お暇なようですので早速やってもらいましょうか」
「まあまあ、折角フリングスに会いに来たんだから耳の痛いこと言うなや」
きっと世界中の誰もが尻尾を巻いて逃げるであろう笑顔つきの嫌味にも動じず、我を通してしまうこの皇帝はある意味最強の男である。
そんなピオニーに説得する気も失せたのか、大仰にため息をついて押し黙ってしまった。
「陛下、それって……」
ピオニーが小脇に抱えていたのは、先程の花と同じ純白の小振りな花が沢山入った籠だった。
「ああ、これか?」
「何をなさるおつもりですの?」
「もしかしてそのお花の輪っか作るんですかあ〜?」
「悪いがそんな少女的趣味は持ってないぞ」
「で、でもブウサギを飼ってらっしゃるからてっきり可愛いものが好きなんだと……」
「あいつらは特別だからなー」
「そりゃああんなに手間かけてたら……って世話してんのはいつも俺ら使用人ですけどね」
「俺だってブラッシングくらいちゃんとやってるぞ?」
「だーっ! んで結局何に使うんですか!」
噛み合っているのかずれまっくっているのか解らない会話に、とうとう痺れを切らしてそれを遮る。
「おお、そうだったな」
穏やかに微笑むピオニーが籠の中から掴んだ数個が、同じく真白な墓に散りばめられる。
「こうするんだよ」
何をしているのか解らなくて当惑するルークたちを後目に、先程まで押し黙っていたジェイドが口を開く。
「散華の儀はもう終わったはずですが」
「散華の儀?」
ルークが聞き質すと、それ以外の面々も同じ疑問を持っていたらしく、視線で返答を促していた。
「戦死したり任務を遂行してる途中で死んでしまう事を『散華』と言うんです。 それに因んで故人の墓に、その上司や部下がこうやって花を撒くんですよ。……普通なら造花を使うんですが」
「俺がやってんのは儀式じゃねえよ。餞別に花でも贈ってやろうと思ってな」
死霊遣いの異名を持つ男の苦笑い、という形容がぴったり当て嵌まる表情に、それでもピオニーは飄々と答える。
そんなやり取りに少しだけ笑い合ったあと、そういえば花一本すら持ってこなかったなあと言うと、ほら、と花籠が差し出される。
それぞれが静かに花を振り撒き終わる頃には、まるでそこだけに雪が降ったように、純白の花に囲まれていた。
「俺、何にもできなかった」
ぽつりとひとりごちたその言葉に、ピオニーが宥めるような笑みを浮かべてルークの頭に手を置く。 そのしっかりとした手のひらは大きくあたたかくて、不意に涙が出そうになったのを隠すように、慌てて俯いた。
「んな事ねえよ。あいつがセシル将軍と結婚まで踏み切れたのもお前らのお蔭だし、お前らが創った預言の無くなった世界で希望を見出してた。それに最期だって笑ってたじゃねーか」
言い返すことも、だがすんなりと受け入れる事もできずに戸惑っていると、頭に置かれていた手がぽんぽんと軽く上下してから外れた。
そんなルークを見ていたティアが、静かに笑いかける。
「何もできなかったのはあなただけじゃないわ。私達だってただ見ていただけだったもの……。 でも陛下の言う通りフリングス将軍は最期に笑ってくれたわ。きっとそれだけで、少しでも役に立てたって思ってもいいんじゃないかしら」
「そうだよ。ルークは何にもできなかったって思ってても、それはルークの考えでしょ? そんなの相手にしか解んないじゃん。 フリングス将軍も――それにイオン様だって、きっとルークに感謝してるはずだよ」
幼い笑顔に少し悲痛の色が現れていたが、それでも穏やかだと思えるそれに半ば励まされるようにして、ゆっくりと頷く。
「そう、だったら、いいな」
「何もできなかっただなんて言い切れませんもの。だったら良い方に考えた方が建設的ですわ」
「そうだぜ。それに墓前でそんな顔してたらフリングス将軍も浮かばれないだろ。元気出せよ」
「そうですよ。元気だけが取り得なのにその取り得さえ無くしてどうするんです?」
「……ジェイドのは余計だ」
拗ねたようにそう言うと、一時前のように笑い声が起こる。
「こんな良い奴らに看取ってもらってよかったな。あっちでも頑張れよ」
それ以上頑張らせてどうするのか、という疑問がピオニー以外の銘々の頭に過ぎったのだが、 どうせ言い負かされるだけだと解っていたので誰も口に出さなかった。
「ところで、どうしてその花が餞別ですの?」
確かに軍人へ手向けるものとしては、薄い布のひだでできたような純白の花は向いていないかもしれない。
「お前ら、この花の名前知らないのか?」
一同がこくこくと頷くと、悪戯が成功した子供のような笑顔でその名を告げた。
「セシル・ブルンネって言うんだよ」
【散華】花をまいて仏に供養すること。
《花を散らす意から》死ぬこと。特に、若くして戦死すること。
セシルつながりってことで
おまけ
2006/05/20