第1章 再生の儀式 1
倒れてから起きる気配すらない恩人の姿を見つめていたミュウは、アクゼリュスに着いてからの目まぐるしい出来事を思い出していた。
立ち込める障気や倒れ込み苦しむ人々の呻き声、あるいは生気の無い瞳。緑と仲間に囲まれて過ごしていたミュウにとって、例え今まで旅をしてきた身とはいえ、そこはまるで別世界のような場所だった。パイロープと名乗った鉱夫の話を聞いて焦れたように話し込んでいる面々から独り外れて、呆けたように立ち尽くすルークを見て更に不安が押し寄せた。
「俺に……俺にできること……」
忙しく会話を交わしながら行動するティアたちから少し遅れて付いて行くルークの独り言のようなその言葉に、ミュウはバチカルの地下牢でヴァンとルークがしていた会話を思い返した。
ルークを追いかけて行ったは良いものの、張り詰めた空気に近づく事ができなかったが、辛うじて会話だけは聞き取れた。
『超振動を起こして障気を中和する。その後、私と共にダアトへ亡命すればいい。これで戦争は回避され、お前は自由を手に入れる』
『俺、人に必要だなんて言われたの初めてだ』
ヴァンの言葉を理解するのは難しかったが、ルークの寂しげに揺れた呟きが哀しかった。
ミュウは彼に助けてもらった時から必要としていたのに、それを気付いてもらえていなかったのだ。だが何よりも、それまで必要とされていなかったという事が……。
『師匠だけはいつも、俺のこと褒めたり叱ったり、本気で接してくれてたもんな。……俺、師匠について行くよ』
嬉しそうにそう口にしたその時の気持ちが、よく解るような気がした。それはミュウにとってルークこそが、そういう存在だったからである。いつも側に居たいと、出来る事なら何でもしたいとそう思える相手。きっと「ついて行く」と笑った不器用な主人も、「師匠」のために何かをしてあげたいのだと思った。
だからきっと、あの時「超振動を起こして障気を中和」したのだ。初めて必要としてくれたひとのために。
暫くしてティアが入ってきた。彼女は他の仲間が外郭大地に戻ったにも拘らず、こうしてルークの看病を続けていた。
少し棘のある言い回しや雰囲気を携えてはいても、根は優しいひとだとミュウは知っていた。
もしかして彼女なら、他の仲間のように切り捨てずに話を聞いて彼の行動を理解してくれるのではないかと考えて、躊躇いながら問いかけた。
「ご主人様は悪いことをしたんですの……?」
尋ねると、普段どおり看病をしていたティアはその手を止めて、辛そうに顔を歪めた。
「――ええ。とても悪いことをしたわ。だけどその罪を認めようともせずに逃げた」
「だけどご主人様は悪くないですの! 大切なひとのためにやったんですの!」
「大切なひと……? それって――」
「ティア、テオドーロ様が呼んでいるわ」
怪訝そうな顔で口走られた言葉は遮られ、少しの間逡巡したあとドアの向こうに声を投げかけた。
「解ったわ。……ミュウ、その話、あとで詳しく教えてもらえる?」
「はいですの!」
きっと自分の話を聞いたらきちんと解ってくれるのだろうと安心したミュウは、彼女が去った後気配を殺して訪れた思いがけない来客に吃驚した。
長めの髪を後ろで束ねて、それと同じく色素の薄い髭を伸ばしたその人は、他ならぬヴァンその人だった。
「お前はルークと旅をしていたチーグルだな」
「そうですの!」
「バチカルでの会話を聞いていたのだろう? ルークはこれから私と共に行動するのだ」
「でも、ご主人様はティアさんたちの仲間ですの……。だから一緒に居るんですの」
「『仲間』、か」
吐き捨てるように呟いたその表情に、なぜか総毛立つ。それは今まで見た誰のどんな表情より、温度の無いものだった。
「忌々しい預言を告げる者とそれを妄信するような輩など、私の創ろうとする世界には要らぬ」
「だめですの!」
まるで人形のように力なく横たわっているルークを抱えて部屋を去ろうとするヴァンに慌てて詰め寄ると、小さなミュウはいとも容易に振り払われた。
「『愚かなレプリカ』の犠牲により私の理想郷は完成するのだ。邪魔をする者は否応なく排除する」
誰よりもその「愚かなレプリカ」を必要としていた聖獣は、遠のいていく意識の端で背筋が強張るような呟きと小さくなっていく足音を聞いていた。