第1章 再生の儀式 4
「……逃れられない運命か――或いはこれすらも預言に記されているのでしょうか」
降り頻る雨のなか初めて互いの顔を真面に見た、二人の『ルーク・フォン・ファブレ』の被験者が去った後、誰の耳にも届かなかった呟きをふと思い出した。
戒めのように目の前で繰り返される自分の犯した罪の連鎖。これは未だ死を理解せず、過ちを償いきれずにいる罰なのだろうか。
「ねぇ、アッシュ。ベルケンドではレプリカがどうとか言ってましたけれど、ここは何のために作られた施設なのですか?」
好奇心旺盛で正義感の塊のようなキムラスカの女王が問いかけたのは、幼馴染であり想い人でもある「本物」のルークだった。その名で呼んだとしても、彼自身はその名を捨てたと怒鳴るだけなのだが。
それでも人間の心理とは複雑なもので、そう簡単に物事を割り切れない。どんなに繕っても根底では戻りたいと願っているのが、会話や態度の端々から窺える。特にナタリアの事となればそれが顕著に表れて、いっそ微笑ましい位だ。
図星を吐かれると大袈裟なまでに反応するのも、滑稽なほど隠し事が下手なのも似ている。――あの、レプリカルークに。
「……詳しいことは俺にも分からない。ただ、この場所で何らかのレプリカ研究が行われている可能性は高い」
「フォニミンがどうのこうのって言ってたもんね。入口には桟橋があったし、ちょくちょく人が来てるって感じ〜」
その推考は全く以て正しい。レプリカ研究に携わる科学者には、誰がどう関っているのかすぐに解ってしまう名を冠するこの場所で違う研究をしている事こそ、寧ろ有り得ないだろう。
「まあ、とりあえず奥まで行ってみましょう。何か分かるかもしれません」
「大佐、なーんか知ってるんじゃないですかぁ?」
「とんでもない。私も来るのは初めてです。ただ……」
「……何か知っているのか?」
聡い人間は好ましいが、詮索や干渉をされる場合はそれ故に厄介で仕方が無い。大概、適当に取り繕って流してしまえば核心をつかれる事は無いのだが。
「……いいえ、何も。ただ、古い知り合いを思い出しましてね」
――断ち切ろうとしていた鎖を繋ぎ止めた共犯者を。
「へぇ〜アニスちゃん大発見! アッシュって案外優しいんだね!」
「……何の話だ」
「イオン様のことだよぅ。邪魔だなんて言っちゃってさ、本当は危ない目に遭わせたくなかったんでしょ?」
「俺が邪魔だと言ったら邪魔だってことだ。それ以上の意味などない」
先を歩くアッシュとアニスの会話が漏れ聞こえた。本当にそう思っているか否かは解らないが、それを優しさだと思ったアニスは感激したらしい。これがルークだったならばアニスが反対しても、イオンの好きなようにさせただろう。
相手を気遣って危険から遠ざけるのと、相手の意思を尊重して危地へ連れて行くのとではどちらが優しさなのか。
そんな取り留めのない事を考えて、蓋をした。ルークが何を考えようと自分には何にも関係がないのだから。
レプリカを――過去の過失の具現を思い出すなど意味の無い、下らない事だ。
そんな不毛な思考から引き剥がすように響いた叫び声の主へ視線を向けると、丁度アッシュがクラゲのような生物を斬り倒すところだった。
「……無事か?」
「え……ええ。大丈夫ですわ。ありがとう、アッシュ……」
「ジェイド、こいつに見覚えは?」
「生物は専門ではないのですがねぇ……。ふむ……この辺りに生息するものとは違います。新種にしては少し妙ですね」
進化にしても不自然な、何らかの影響があったであろう生態。奥に進めば恐らく、これと類似した異様な生物が潜んでいるだろう。
幾ばくか考えた様子のあと、簡単にはいかないかもな、と呟くアッシュに胸のうちで同意すると、思わず苦い笑いが零れた。
「演算機はまだ動くみたいだな」
奥まった広い空間に並んだ音機関に近付き、アッシュが躊躇なくキーを打っていく。
「大したものですねぇ。ルークでは扱えなかったでしょう」
一々比べるのも馬鹿らしいが、なぜか勝手に面影を重ねてしまうのを、レプリカ研究の第一人者なのだからそれも仕方の無い事だと片付けることにした。
「これは……フォミクリーの効果範囲についての研究……だな」
「データ収集範囲を広げることで巨大な物のレプリカを作ろうとしていたようですね」
データを正確に把握できるのはさすが六神将、それともオリジナルと言ったところか。
「大きなものって……家とか?」
「もっと大きなものですよ、アニス。私が研究に携わっていた頃も、理論上は小さな島程度ならレプリカを作れましたから」
「でか……」
「……なんだこいつは!? 有り得ない!!」
アニスが唖然としていると、既に聞き慣れた声が鋭さを帯びて響く。
それをアッシュではなく、ルークの声として捉えてしまった自分に、思わず平静を失った。
その動揺を隠して「どうしたのですか?」と問うと、見ろ! と苛烈に吐き出された声に促され見上げた画面の内容に、今度こそ驚愕した。
「……約三千万平方キロメートル!? このオールドラントの地表の十分の一はありますよ!」
「そんな大きなもの! レプリカを作っても置き場がありませんわ!」
「採取保存したレプリカ作製情報の一覧もあります。これは……マルクト軍で廃棄した筈のデータだ。今は消滅したホドの住民の情報です。昔、私が採取させたものですから間違いないでしょう」
それが愚かな事だと気付けずにいた頃の情報。研究をやめると同時に消した筈のそれが此処にあると言うことは、まさか――……。
「まさかと思いますが……ホドをレプリカで復活させようとしているのでは?」
悪い予感を覚えているのが自分だけならば、まだ誤魔化しがきくというのに。
「……気になりますね。この情報は持ち帰りましょう」
重なってしまえばそれは恐らく、預言にも酷似した予知の領域。
アッシュと情報についての討論をしていると、アニスとナタリアが檻に閉じ込められているチーグルを見つけた。よく見ると、どちらにも星のようなあざが同じ場所に付いている。
「生きているんだから誰かがここで飼っているんだろう。多分こいつらはレプリカと被験体だ」
「そのようですね」
この仔たちもミュウみたいに火を吐いたりするのかな〜と、試しにアニスが格子を叩くと思いのほか炎の勢いが良かったらしく、驚いた様子で後ずさった。
「うわっ! びっくりした!」
ナタリアがアニスに倣って隣の檻の格子を叩くと、右のチーグルとは違い、弱々しい炎が吐き出された。
「あら、こちらは元気がありませんわね」
「レプリカは能力が劣化することが多いんですよ。こちらがレプリカなのでしょう」
「でも大佐、ここに認識票がついてるけど、このひ弱な仔が被験体みたいですよ?」
「そうですか。確かにレプリカ情報採取の時、被験体に悪影響が出ることも皆無ではありませんが……」
それを聞いたナタリアが不安げな声を上げたが、当のアッシュは気にしていないように振舞っているので、これではどちらが危惧されるべき立場なのか解らない。
「最悪の場合、死にます。完全同位体なら別の事象が起きるという研究結果もありますが……ね」
普通の被験体とレプリカの間では起こり得ない、完全同位体の間だけの特殊な現象。だがそれらが発生するためには非常に厳しい条件を満たさなければならないため、実現不可能と言われているが。
「はぁーっ。レプリカのことってムズカシイ。これって大佐が考えた技術なんですよね?」
「……ええ、そうです。消したい過去の一つですがね」
実際消し去ろうとしていたのだ。事実は変えられないが、せめて自分の記憶の中だけでも、と。
されど運命か、それとも預言の力か偶然か、罪は形を成して目の前に現れた。
最初は無関心を装って利用すれば良いだけだと思っていたが、アクゼリュスの崩壊で――自分の罪が新たな罪を生んだ事によって悟ってしまった。
罪の連鎖を止めるべきなのは、自分自身なのだということを。
「それに、結局わかったことって、総長が何かおっきなレプリカを作ろうとしてるってことだけ?」
「それで充分だ。後は俺一人でどうにかなる。お前らは故郷に帰してやるから――」
「アッシュ……?」
ナタリアが言いかけて口を噤んだアッシュを呼ぶと、一瞬で剣呑な雰囲気を纏い剣を抜いた。
「……気をつけろ。何かいる」
その刹那、海面から先程のクラゲを従えた巨大な魔物が飛び出してきた。すぐに戦闘態勢を作り、詠唱をしながら敵を観察する。やはりこの辺りでは目にしない異質な生態だ。
積極的に斬りかかっていくアッシュの後ろで、クラゲが触手を伸ばしているのが視界の端に映り、声を飛ばす。
「……フレイムバースト!! 背後に気をつけなさい、ルー……」
ルーク、と続けそうになったのを無理矢理呑み込み、次の詠唱へと移る間も愕然とした気持ちを抑えきれずにいた。
彼らがいくら酷似していても同一人物ではない事を一番に理解しているのは自分だと解っているはずなのに。
止めの一振りを突き刺したアッシュの後姿から目を逸らして、苛れる心を沈める自分が、酷く滑稽に感じた。
「フォミクリー研究には生物に悪影響を及ぼす薬品も多々使用します。その影響かもしれませんね」
でかっ! キモっ! などと嫌悪の言葉を並べ連ねるアニスに、傍目には解らずとも呆然としてはいたが観察の結果を伝えながら桟橋まで戻る。
待ちきれず駆け出してきたイオンがおかえりなさい、と言い切るのを待たずして地面が大きく揺れた。
「……今の地震、南ルグニカ地方が崩落したのかもしれない」
「そんな! 何で!?」
「南ルグニカを支えていたセフィロトツリーをルークが消滅させたからな。今まで他の地方のセフィロトでかろうじて浮いていたが、そろそろ限界の筈だ」
言い募るアニスに深刻な面持ちででアッシュが答えた。
「他の地方への影響は?」
「俺たちが導師をさらってセフィロトの扉を開かせてたのを忘れたか? ――ヴァンの奴は、そいつを動かしたんだよ!」
「つまりヴァンは、セフィロトを制御できるということですね。ならば彼の目的は……更なる外殻大地の崩落ですか?」
誰にも操作できないというパッセージリングを操れるとなれば、ヴァンの力の底がますます見えなくなる。全く、厄介な男を敵にまわしたものだ。
「そうみたいだな。俺が聞いた話では、次はセントビナーの周辺が落ちるらしい。約束どおりお前らは帰してやるから早く乗れ」
促されるまま乗り込む途中鏡窟を一瞥したが、こだわっていると思われない様に見送って、記憶が薄れるのを待った。