第1章 再生の儀式 6

第1章 再生の儀式 6




 もう何も信じない。
 どんなに信頼してもいつか裏切られるのなら、初めから信じたりしない。
 誰よりも何よりも、自分自身が一番不確かな存在なのだから。

「どうしたんだよ、そんな顔して。――ああ、俺の顔なんて見たくもなかった?」
 呆然と見上げてくる三人にそう嘯くと、ガイがはっとしたように、明らかな動揺と困惑の感情をそのまま表情にのせて、口を開いた。
「ルーク、お前、なんでここに……」
「『ルーク』ね……。生憎だけど、お前の知ってるルークはもう死んだよ、ガイラルディア」
 本名を呼ばれたガイと、その名を知っているはずのティアの表情が強張ったのを見て、思わず口元が緩んだ。唯一動じないはずのジェイドでさえ、何か思う事があるのかいつもの余裕な笑みを消してこちらを見つめている。
 壊れてしまえばいい、何もかも。
 すべてを失ってなお、自分自身さえ壊されてしまうなら、その前に俺がすべてを壊してやる。
「ヴァンと手を組んだ……のか? それに、死んだってどういうことだ? もしかして、お前はルークの――」
「ガイ、あれはルークです。アッシュのレプリカの、ね」
 それまで口を堅く結んでいたジェイドが、ガイの言葉を遮るように口走った。その口調はまるで言い聞かせているようで、そう考えた瞬間、先程の表情の理由がわかった。
 彼が言い聞かせているのは、きっと自分自身なのだ。自分の罪が重なって大きくなるのを、またレプリカが生まれるのを恐れている。
 だけどもう、遅い。過ちは犯した時点で罪なのだから。
「俺が何をしようと関係ないだろ。それにひとつだけ言っておくけど」
 どうすればもっと傷を負わせることができる?
 どうすれば、俺を憎み続けさせることができる?
 だって憎悪だけが、きっと――……。
「『ルーク』を殺したのは、お前らなんだよ」
 アクゼリュスを滅ぼしたあの日。初めて人を殺めた時の生々しい感触や断末魔など、何も無かったのに未だフラッシュバックするあの瞬間。
 『愚かなレプリカルーク』と吐き捨てられた言葉と共に突き刺さる冷たい眼差し。障気の海に沈んでいく子供の悲鳴と泣き顔。仮にも仲間だと思っていた人達からの明らかな侮蔑の言動。
 自分が未だそれらに苛まれているというのに、ここに居る三人や残りの仲間は、傷ひとつ負わずに責任を押し付けて去っていったのだ。
 そんな心情を察したかのように、ティアが顔を上げて、視線を合わせる、射貫くような強さは似ているが、兄のような澱んだ暗さのない眼差しに、心が軋んだ音を響かせた。
「――あなたに全ての責任を押し付けたのは悪かったわ……。あの状況で、あなたが私達よりも兄を信じたのも仕方が無いと思ってる。いくらあなたの態度が悪かったからといって、重要な事を話さなかった私も拙かった。だけど、もう解ったでしょう? 兄はあなたを騙していたのよ! それに、騙されていたからといって、あなたが……あなたのした事が赦されるわけじゃない」
 『悪かった』『仕方が無かった』――そんな言葉で赦されるのなら、俺だって赦されたって良いだろう。それでも責められるのは、そんな言葉では償えないから。
 でもそれは、俺だけにいえることなのか? 自分が悪いと感じているのなら、俺だけを責めることなんてできない。
 結局、まだ押し付けたまま逃げているだけなのだ。
「そうだな。だけど俺は赦されたいわけじゃない。ただ、俺と同じ責を認めさせたいだけだったんだけど……でも、お前らからすれば悪いのは俺だけなんだろ? それなら仕方ないさ。誰も咎めないなら、俺が制裁を与えてやるよ」
 高台から跳び降り、三人の顔が窺えるくらいの微妙な間合いを取る。身に纏う黒い外套が翻り、一瞬視界が遮られるも視線ははずさずに薄く笑みを模る。
「お前らだって利用価値が無くなったから棄てたくせに。今更、『自分達も悪かった』なんて偽悪を俺が信じるとでも思ってるのか? どうせ罪悪感から逃れたいんだろ? それも、アクゼリュスの人達を護れなかった罪悪感に。――それともまた利用するのか?」
 言いながら、間合いを詰めてガイの背後から喉元に剣を突き立てる。予測通りティアとジェイドが面食らいつつも戦闘態勢に構えたのを察して、それでも笑みを深めると、二人の表情が更に強張るのが目に見えて解った。わざわざ降り立ったのは、この数日間で身につけた体術が、ここに居る三人を相手にしても差し支えないと自負しているからこそ。
 背後に居る為に窺えないが、きっと目の前の二人と似寄った顔をしているだろうガイの耳に、微かな声で囁いた。
「ファブレ公爵に復讐するには、『ルーク』を殺すのが一番だもんなあ?」
 肩を跳ねさせ、震えるほどに鞘に添えていた手を握ったガイを見てついに笑い声が洩れた。
 それでいい。もっと、もっと深く傷を抉ってしまえ。
 誰も、俺を忘れないように。
「――利用しているのは、ヴァンも同じですよ」
 不意にジェイドが放った言葉に、笑い声が止まる。視線を合わせれば、鋭く光る紅い眼がじっとこちらを見据えていた。
「あなたは利用されているだけです。アクゼリュスの時と同じ様に、また超振動を使わせられて終わりですよ」
『いつかあなたは、私を殺したいほど恨むかもしれません』
 キャツベルトの船内で、この男はそう言った。不確かな事を嫌うこの男の事だから、『かもしれない』とは結局断定の言葉だったのだろう。
 そしてそれは現実になった。
「それはあんたもだろ。――それに」
 俺は恨んでるよ。あんたも、そこに居る二人も、残りの奴らも、世界中の人間を。
 そして、俺も恨まれている。世界という存在そのものに。預言にすら記されていなかった『ルーク』のレプリカとして生まれ、殺された。
 然して生まれ変わったのだ。
「利用してるのは、俺も同じだ」
 利用され、ただ棄てられるのではなく、逆に利用して目的を果たす存在として。
「『ルーク』は生まれ変わったんだよ。『紅蓮のラファエル』に」
 最早ユリアの預言は失われていたのだ。俺が生まれたその瞬間に。既に俺は世界の敵だった。
 ならば再生しよう。俺を拒絶するこの世界を。罪に塗れた、俺自身を。
「目的を果たす為なら、何だって利用するさ」
 だから憎めよ、俺を。
 いつか薄れていくような興味や愛情なんかじゃなく、消えない憎悪で俺を。
 赦さない、赦されない。

 再生の儀式は、既に始まっている。




第1章 再生の儀式 了

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06/10/09