第2章 スケープゴートと彼の白 2
同じ顔、同じ声、同じパーツを持っていたとしても、代われないのは何故なのか。
その答えは疾うに諦めた。それは誰も答えてくれないからなのかもしれないし、既に答えを知っているからなのかもしれない。どちらにしても、神託の盾――もとい、ヴァンに属するもうひとりの『複製品』がそうであったようにヴァンに拾われた時から、答えを求める事をやめた。
代わりにもなれず、人間でも居られないレプリカは、存在を棄てるか世界を棄てるしか道は無いから。
「やあ、新人。アンタも棄てられたんだって?」
皮肉に嗤って話しかけると、今まで本物だと思い込んでいた偽者は、表情ひとつ崩さずに振り向いた。その様子に、ヴァンの計画が着々と現実になっている事を覚る。
「数日で随分変わったね。まあ……あれだけ扱かれてれば当然か」
「何か用か?」
「まあね。ヴァンからの命令だ」
ここまで手懐けておいて――いや、懐柔といった方が正しいだろう。こうまでしておいて、更に鎖で繋ごうとしているのだから、あの男の周到さは侮れない。
「アンタにカースロットを施せってさ。信用無いんだね」
もうとっくに傀儡なのに。
それは自分と相手、どちらに向けたものなのか、自分自身でも解らなかった。
憎しみに囚われた虚しい人形。いっそ自我など無い本当の人形だったなら、何も求めず感じる痛みも空虚も憎しみも無かったのに。
かえられない。かわれない。自分達は誰にも何にも、変化も代替もできない醜い存在。
「『紅蓮の
差し出された腕に譜術を施す間、預言により崇められている名と被験者を引き合いに出して皮肉ると、無表情だった顔が笑みに変わった。思わず直視してしまった瞳の昏さに息を呑む。
―――深淵だ。底知れない『何か』が、憎しみという紅蓮の焔に自身を焦がす熾天使の中に渦巻いているのだ。
それは深い憎悪か真暗な絶望か、激しい憤怒かまたはその、総てか――……。
その混沌とした闇に呑まれそうになるのを誤魔化そうと、術を施し終えた腕に視線を移した。
「俺は預言から逃げたりしない。預言が俺を消そうとしているなら、その前に俺が消す」
そう言って笑みを深くした熾天使は、呆然と見つめ返すシンクに構わず踵を返して歩き始める。
それを追いかけて問うても、先程のように振り返ることはなかった。
「待ちなよ。アンタは何を望んでるんだ?」
「望んでるわけじゃないさ。お前なら解るだろ、導師イオンのレプリカ」
「ヴァンに聞いたのか」
「訊かなくても判るさ。髪の色も声音も体格も同じだ。俺の知ってるイオンもレプリカらしいな」
俺らと違って立派で優秀な代替品だけど。
その呟きに返す言葉すらなく歯噛みすると、不意に立ち止まった彼は諭すように嘯いた。
「俺たちの選択肢に何かを望む事も求める事も無いだろう。お前も俺も代替品になれない時点で同じ道を選んだ。自分じゃなく世界を棄てる方へと」
今まで自分の孤独など、深く混沌とした感情など、誰にも理解ができないだろうと思っていた。
だが、それすらも彼とは比にもならないのだと覚った。
彼は本当に誰にも理解できない何かを抱えているのだと。
翌日呼び出されヴァンの私室に赴いたが、先客が居るようなので気配を殺して待っていると、扉越しに聞こえる声が彼のものだと解り無意識に耳を欹てた。
「お前は誰かに使われなければ何も出来ない人形だ。だから私が使ってやろう」
「ありがとうございます」
「私に棄てられたらもうお前の居場所など何処にも存在しない。そうだろう?」
「はい」
「ならば全て私の言う通りに行動するのだ。アッシュのように勝手な行動をした場合――解っているな?」
「存じています」
「宜しい。下がりなさい」
「失礼しました」
馬鹿げている。本当の駒として彼を扱うつもりなのだろう。自分だってあのような言い方をされた覚えは無い。
扉を開けてまるでこちらの存在に気付いていないかのように素通りした彼の表情は、長く伸ばされた髪で隠されていて見えなかった。
扉が再び閉まる前にノブを掴んで中に入ると、愉快そうに嗤っているヴァンの姿に何故か酷く苛立った。
「お呼びですか、ヴァン総長」
「何を怒っているんだシンク。お前の敬語なんて初めて聞く」
「別に。ところで何の為に呼び出したのさ」
「お前に『あれ』の監視を任せようと思ってな」
この男にとって自分も駒や人形だと思っていたが、彼は名前を呼ぶ価値すらも無いのだ。
苛立ちが増していく自分を抑えようと無言でいると、何を勘違いしたのかヴァンは更にのたまった。
「面倒だとは思うが心配は無い。敵に対しては脅威かもしれないが、私を敵に回すほど愚かではないだろう」
その絶対的な自信は何処から来るのだろうか。彼が己には逆らえないというその自信が、どうして持てるのか。
きっと知らないのだ。彼の中に巣食う獰猛な獣にも似たあらゆる負の感情を。
ならばいつか思い知ればいい。
あの闇に呑まれるのは彼自身か、世界か、この愚かな男か、それとも自分か。それは誰にも解らない。
外に向かう彼の背を気づかれない様追いかけて、生まれて初めて理解したいと思った相手が彼だった事に気が付いた。