第2章 スケープゴートと彼の白 4

第2章 スケープゴートと彼の白 4




 十八年間。
 "ルーク・フォン・ファブレ"という存在に出逢って、それほどの月日が経っていた。
 その中の七年間。
 ナタリアは同じであってまるで違う人物と過ごしていたのだ。
『その代わり、あの約束、早く思い出して下さいませね』
『変わってしまいましたのね……。記憶を失ってからのあなたは、まるで別人ですわ……』
 だが想い続けていたのは今はアッシュとして生きている本物のルークだった。レプリカであるルークと出逢ってからも。
 その七年の間、換わりにやってきた彼の本質に少しも触れないまま。

「すみません……僕の力が足りないばかりに……」
「いいえ、あなたの所為ではありませんわ。私の行動も浅慮でしたもの」
「アニス、ちゃんと逃げられていればいいんですけど……」
「アニスなら大丈夫ですわ! きっと助けを呼んで来て下さいます」

 半ば確信を持ってそう言うと、哀しげな表情が幾分か和らいだように見えた。
 そう、小柄で身軽な彼女ならばきっと敵の妨害を掻い潜ってくれるだろう。
 けれど助けを呼ぶといっても、来てくれる人物など高が知れている。
 戦力になり、且つ自分達にとって全幅の信頼が置ける人物といえば旅の仲間だけ。だがガイもティアも、ルークの傍に居る。この状況ではジェイドしか居ないだろう。
 そう考えてそっと、溜め息を吐いた。
 やっと整理がつける場所が敵に拘束された場所だなんて皮肉だが、傍に居るのがイオンだけで良かったかもしれない。
 ――戸惑いを、見抜かれてしまうから。
「ナタリア……」
 だがやはりイオンも何かしら感じる事があるらしく、やはりこの状況はあまり良いものではないと思い直した。
「私には解らないのです」
 重い沈黙をそっとした口調で破る。内容が内容なので、話してしまえば益々気まずくなるだろうが、言葉にしてしまいたかった。頭の中だけで片付けるには、あまりにも混乱していた。
「私はずっと、"ルーク"を想っていましたわ。ですが……」
「あなたが戸惑うのも解ります。違う人物でも、一緒にすごした時間に替わりはないですからね」
 頷いて、何も言葉にできないまま黙る。イオンの言うとおり、アッシュを想ってはいても、レプリカのルークだって大切なひとりなのだ。今のナタリアにどちらが本物のルークかは選べない。
「僕は、無理に結論を出さなくてもいいと思いますよ。本物でも偽者でも、同じくらい大切な存在なら――」
 そう言って笑った顔が、何故か哀しげに見えた。何か辛い感情を堪えているような顔だった。
 そんな事を思っていると、扉の向こうに少し騒がしい気配を捉えた。アニスとジェイドが助けに来たのか、それとも違う誰かか判断できず、取り敢えず身構える。
 途端、気配が消えたかと思うと、バン! と大きな破壊音と共に扉が蹴破られた。イオンを背に弓を構えていると、見慣れた紅色を見て緊張を解いた。
「ルーク、ですわよね……?」
「"ルーク"? 悪いけどお前の望んでるルークじゃない」
 そういう意味で言ったのではありませんわ!
 叫ぼうとしたその言葉を、息と共に呑みこんだ。
 アッシュと似た、六神将の黒衣を纏った彼はナタリアの知っている彼とは全く雰囲気が違う。
 気配、というか、生気がまるで感じられないのだ。
「お前らの知ってるルークはもう居ない」
「――どういう、意味ですの……?」
「想像に任せる」
 くっと喉で笑って、それ以上の詮索をするなと眼で告げていた。逸らしたくなる程突き刺すように、それでいて見入ってしまうくらいに呼びかけるような眼差し。
「なあ、この世界に偽者は必要ないと思うか?」
 それはナタリアだけにではなく、イオンにも投げかけられていた。その証拠に、背後に居るイオンが肩を揺らす。
「それとも自分達は必要とされている存在だから関係が無い?」
 否定の言葉を返すべきだとは解っていても、声すらも出なかった。イオンと二人きりの時に感じた重苦しさなど些細に感じるほど、息苦しい。この部屋から逃げ出したい。
「そうなんだろ? 俺は代わりにもなれなかったただの人形で、お前らは重要な奴らの――」
 言葉を切り、その向こうを探る様に少しだけ扉を一瞥すると、目の前の"彼"は踵を返した。
「イオン」
 ノブに手を掛けて背を向けたまま立ち止まった彼に遅れて、長い髪が流れていく。出逢ってからの年月を表すそれは、彼の生きてきた時間の長さの象徴でもあった。
「お前は預言が正しいと思うか」
 二度目の問いかけに、イオンは先程よりも落ち着いた様子でナタリアの隣に並んだ。
「……正確では、ありません」
 そうだな。
 扉を開け、その声の余韻だけを残して彼は薄暗い廊下の先へと消えた。

 数十秒経って再び開かれた扉には、予想と違ってガイとティアを連れたアニスとジェイドの姿があった。
「イオン様! ナタリア! 大丈夫だった!?」
 必死な形相で駆け寄るアニスに、覇気の無い返事を返す。安堵よりも疲労感がナタリアを満たしていた。
「平気です。皆さんも、わざわざ来てくださってありがとうございます」
 イオンもどこか疲れたように笑う。そんな二人に少し怪訝な顔をしながら、ティアが訊ねる。
「今回の軟禁事件に兄は関わっていましたか?」
「ヴァンの姿は見ていません。ただ、六神将が僕を連れ出す許可を取ろうとしていました。モースは一蹴していましたが……」
「セフィロトツリーを消すためにダアト式封咒を解かせようとしているんだわ……」
「ってことは、いつまでもここにいたら、総長たちがイオン様を連れ去りに来るってこと?」
「そういうこった。さっさと逃げちまおうぜ」
 そうして部屋を出て行こうとする仲間を、少しだけ躊躇いながら引き止める。
「ルークはどうなさいましたの……?」
 それはアニスも気になっていたようで救助を頼んだ三人の顔を窺っていたが、さっと青褪めるティアとガイに対し、顔色一つ変えないジェイドが目を伏せて答えた。
「――ひとまず第四譜石の丘まで逃げましょう。話はそれから、です」
 そう言って向けられた詮索を許さない瞳。教会へと続く廊下を歩きながら、ナタリアはジェイドと"彼"のそれを重ねて思い出していた。
 ジェイドもどこか謎めいていて、他人に心を読ませない雰囲気を持っている。だが、彼とはまた違うものだった。
 他人との繋がりだけではなく全てを塞いでいる、孤高とさえ呼べる越えられない隔たり。
 丘へ辿り着き息を整えているその間もずっと、その考えはナタリアの思考を巡っていた。
 七年もの間ずっと見続けていたと思っていた彼の、何ひとつの欠片にさえ触れることもできていなかったのだと。




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07/02/25