第2章 スケープゴートと彼の白 7

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第2章 スケープゴートと彼の白 7




『なあ、この世界に偽者は必要ないと思うか?』
『お前は預言が正しいと思うか』
 その質問にどう答えれば良いのか解らなかった。
 彼はきっとイオンがレプリカだという事を既に知った上で訊ねたのだ。
 だからこそ、何と答えれば良いのか解らなかった。
 同じレプリカだからこそ返せる答えがほしかったのか。それとも、同じレプリカであっても誰かに必要とされている自分だからこそ返せる答えがほしかったのか。
 その答えを未だ、さがしている。

「何だ、お前たちは!」
「カーティス大佐をお待ちしていましたが、不審な人影を発見し、ここまで追ってきました」
 ルーク達が去った後、一足遅れて駆け寄ったマルクト兵の詰問に、冷静さを取り戻したティアが答える。
「不審な人影? 先程逃げた連中のことか?」
「神託の盾騎士団の者です。彼らと戦闘になって仲間が倒れました」
「だが、お前たちの中にも神託の盾騎士団がいるな」
 神託の盾に属するアニスとティアを一瞥し、兵士は確認するように仲間へ視線を遣って、すぐさま答えを出した。
「……怪しい奴らだ。連行するぞ」
 兵士に連れられてグランコクマを目指す間、マルクト兵に担がれているガイを見ていた。
 どんな理由があるにしろ、ガイが彼への強い憎しみが根を下ろしている事は明確だった。あれほど抵抗できないくらい深く冒されているというのは、そういう事だ。
 隣に並ぶアニスが、ちらちらと視線を向けるのに気がついていたが、知らないふりをしていた。ルークが言い募るアニスの誤解を解く鍵を、イオンに託したせいだと解っていたから。
 暫くやり過して森の中を歩いていくと、海上に浮かび水の壁に護られた都市、グランコクマが見えた。
「フリングス少将!」
「ご苦労だった。彼らはこちらで引き取るが、問題ないかな?」
 辿り着いた商業区の入り口で、兵士を従えた銀髪の男へイオンたちを連行してきた兵士が敬礼すると、フリングスと呼ばれた男が穏やかだがしっかりとした口調で返した。
「イオン殿ですね」
「ええ」
「ジェイド大佐から、あなた方を森の外へ迎えに行って欲しいと頼まれたのですが……」
 その前にお入りになったんですね、と苦笑する男はまだ若いが一分の隙も見せず、だがそれを覚らせない物腰を見るに、実力は確からしい。
「すみません。マルクトの方が殺されていたものですから、このままでは危険だと思って」
「いえ、お礼を言うのはこちらの方です。ただ騒ぎになってしまいましたので、皇帝陛下に謁見するまで皆さんは捕虜扱いとさせて頂きます」
「その前に、どこか安静に出来る場所を提供して下さると嬉しいのですが……仲間がカースロットに掛けられてしまって。場所さえあれば、僕が解呪します」
 僅かに逡巡した後、フリングスは了承の意を示して頷いた。
「城下に宿を取らせましょう。しかし陛下への謁見が――」
「皇帝陛下には、いずれ別の機会にお目にかかりますから、ご心配なく」
「分かりました。では部下を宿に残します」
 そしてガイを担ぐ兵士に付いて行こうとすると、アニスが呼び止めた。
「私も残りますっ! イオン様の護衛なんですから」
 その訴えに頷くと、アニスは落ち着かない様子で駆け寄る。不安げに顔を曇らせるティアとナタリアに背を向けると、フリングスが二人に遊覧を促す声が聞こえたが、それを遮ってナタリアが鋭い声を飛ばす。
「待ってくださいませ。私達もついて行きますわ!」
「――真実を知る覚悟があるなら」
「知らなくてはいけないことも、ありますわ」
「そう、ですね」
 確かにガイとルークの幼馴染みであるナタリアは、知っておいた方が良いのかも知れない。ティアこそどちらでも構わないが、本人に聞く意志があるのなら止める権利は無い。
「では、お待ちしております」
 敬礼しながらそう告げたフリングスへもう一度背を向けて、イオンたちは宿へと向かった。

「そんな――ガイが、ルークを……?」
 ティアは震える声で二人の言葉を代弁すると、口元を押さえて顔を青ざめさせた。
「カースロットは、記憶を揺り起こし理性を麻痺させる術。つまり……ガイに元々、ルークの強い殺意がなければ攻撃するような真似は出来ません」
「だって、ガイ、あんなにルークの事心配してたのに」
「今は本当に心配なのかもしれません。僕にはガイが嘘を吐いているようには思えませんし、昔根付いた殺意の名残という事も考えられなくはないですから」
 ちらりと目を向けると、思い当たる事でもあるのか、ナタリアは何か思案している様子で横たわるガイを見つめていた。
「解呪も済んだ事ですし、ひとまず皇帝陛下に御逢いしましょう」
 イオンの言葉に三人は無言のまま頷き、それぞれ重い溜め息を飲み込みながら、静かに宿を後にした。

 案内された謁見の間で玉座に座る金髪の男は、イオンたちを見るなり世間話をする気軽さで、実際そうと変わらない話をし始めた。
 見かねたジェイドが軌道修正しつつ、此処へ来た目的を話し始める。
「セントビナーの崩落か……かもしれんな。実際、セントビナーの周辺は地盤沈下を起こしてるそうだ」
「では、街の住人を避難させなければ!」
「キムラスカ軍の圧力があってできないんですよ」
 ジェイドがそう言った言葉に、ノルドハイムが継いで説明する。
「キムラスカ・ランバルディア王国から声明があったのだ。『王女ナタリアと第三王位継承者ルークを亡き者にせんと、アクゼリュスごと消滅を謀ったマルクトに対し、遺憾の意を表し、強く抗議する。そしてローレライとユリアの名のもと、直ちに制裁を加えるであろう』、とな」
「事実上の宣戦布告ですね」
「父は誤解をしているのですわ!」
 ティアの冷静な判断と、彼女にとっては信じがたいだろう話に、ナタリアは必死で弁明する。
 実際は誤解ではなく、それを利用しているに違いない。国を背負う者が皆、ナタリアの様に正義感が強く穢れをしらないとは限らないのだ。
 イオンがそう推察するように、ノルドハイムは尚もナタリアへ言い連ねる。
「果たして誤解であろうか、ナタリア姫。我らは、キムラスカが戦争の口実にアクゼリュスを消滅させたと考えている」
「我が国は、そのような卑劣な真似は致しません!」
「……とまあこんな風に、セントビナーの地盤沈下がキムラスカの仕業だと、議会が思い込んでいることが問題なんだ。此処に居るヤツは、事情を聞いてるから事実は知ってるさ」
 伝えられた事実はきっと、ルークが超振動を使ってアクゼリュスを消したという事だろう。
 その過程がどんなものであったとしても、結果だけを見ればそうなってしまう。
 こうして彼は体の良い生贄として――罪を負うべき者へと仕立て上げられていく。
「どうしても軍が動かないと言うのでしたら、私達に行かせて下さいませ」
「驚いたな。どうして敵国の王族であるお前さんが、そんなに必死になる?」
「敵国ではありません! 少なくとも、庶民たちは当たり前のように行き来していますわ。それに、困っている民を救うのが、王族に生まれた者の義務です」
 はっきりと言い切ったナタリアを値踏みするように見、ピオニーは満足げに笑った。
「と、いうことらしい。どうだ、ゼーゼマン。お前の愛弟子ジェイドも、セントビナーの一件に関してはこいつらを信じていいと言ってるぜ」
「陛下。『こいつら』とは失礼ですじゃよ」
 ピオニーを嗜めたゼーゼマンに、ジェイドが案を提示する。
「セントビナーの救出は私の部隊とティアたちで行い、北上してくるキムラスカ軍は、ノルドハイム将軍が牽制なさるのがよろしいかと愚考しますが」
「小生意気を言いおって。まあよかろう。その方向で議会に働きかけておきましょうかな」
「恩に着るぜ、じーさん。……俺の大事な国民だ。救出に力を貸して欲しい。頼む」
 今までの快活な雰囲気を潜ませ、真剣な面持ちで懇請したピオニーに頷く。それを見てまた微笑むとジェイドに後を任せ、議会を召集するために退出して行った。
「さて、それではまずは我々がセントビナーへ入り、マクガヴァン元元帥にお力をお借りしましょう」
「大佐、その前にガイの様子を見ないとダメですよ」
 アニスの忠言にわざとらしく溜め息を吐いて、ジェイドは肩をすくめた。
「そうですね。戦力としては欠かせませんから」
 戦力、の部分にアクセントを置いて再び溜め息を吐きながら、ガイが居る宿へと足を向ける。
 二人が最近衝突する原因は、今は此処に居ない彼。
 イオンにはそれが何を指すのかを何となく理解できた。でもそれは本人達の気づかぬところでもあり、イオンが口を出して良い事ではない。
 二年前に導師のレプリカとして作られてから、イオンは感情で動く事をしらなかった。あからさまな感情をぶつけられる事もなかった。
 だがルークは感情のままに動き、導師(の換わり)である自分にも繕わずに話しかけて来た。それを素直に嬉しいと思ったし、憬れに近い感情を抱いていた。
 だから彼が理不尽に振り回されているのがつらい。
 たとえそれが、彼が自ら選んだ道だとしても。

 再び辿り着いた宿のガイが居る部屋の前で、ジェイドが躊躇なく扉をノックすると、幾分の間もなく声が返ってきた。
 部屋に入るなり、ガイと正面から向き合ったジェイドはゆっくりと言葉を落とした。
「あなたが公爵家に入り込んだのは、復讐のため、ですか? ――ガルディオス伯爵家、ガイラルディア・ガラン」
「……知ってたのか」
「ちょっと気になったので、調べさせてもらいました。あなたの剣術は、ホド独特の盾を持たない剣術、シグムント流でしたからね」
 睨み合う二人の剣呑な雰囲気に圧されつつも、ナタリアがガイに近寄り、真剣な眼差しで問いかける。
「ガイ。あなた、ルークを殺したいと思った事がありますの?」
「――ある。でもそれはあいつのせいじゃない」
 同じように真剣な面差しで答えたガイは、ナタリアよりも落ち着いた様子でそう返した。
 だが続けられた言葉に伴っていくように、声は鋭さを増していく。
「さっきジェイドも言ったように、俺はマルクト――ホドの伯爵家に生まれたんだ。んで、俺の五歳の誕生日に始まったホド戦争で、家族はファブレ公爵に殺された。家族だけじゃねぇ。使用人も親戚も。あいつは、俺の大事なものを笑いながら踏みにじったんだ! ……だから俺は、公爵に俺と同じ思いを味わわせてやるつもりだった」
 唇を噛み締め項垂れたガイは、聞き取れるギリギリの声音で「あいつを利用しようと思ったんだ」と呟く。それにはっと息を呑んで、ナタリアは押し黙る。
 静かに続くガイの懺悔のような告白を、無表情を保つジェイド以外は沈痛な面持ちで聞いていた。
「あいつは何も悪くなかったのに、俺は何度も殺そうと思った。何の疑念もなく信頼して伸ばしてくる手を取る度、何度も裏切ってたんだ」
 まるでルークが此処に居るかのように自戒するガイを、悪いとは言えない。周りの皆もそう思っているからこそ、何の言葉もかけられないのだろう。
 そして同じく誰も断言できるはずがなかった状況で責められた彼を思い、また胸が痛んだ。
『俺はただ瘴気を中和しようとしただけだ! あの場所で超振動を起こせば瘴気が消えるって言われて……!』
 放っておけばいずれ失われた地。そうであったなら誰も『何か』を――ましてや預言を咎めはしなかったのに。
 世界を救おうとした彼が、被験者の身代わりとして殺されかけた彼の何が悪いと言えるのだろう。寧ろ何も悪くなどなかった。
「それなのにどうして、あいつばっかり責められるんだろうな」
 誰かへ投げかけられた言葉ではなかったが、誰の心へも突き刺さる言葉だった。
 世界のスケープゴートにされた彼は、どこまでも潔白だと皆解っていたのだから。

第2章 スケープゴートと彼の白 了

07/03/29