第3章 嘘の重さで潰れた真実 2

第3章 嘘の重さで潰れた真実 2




 時間も価値も既に無いこの命が向かうべき場所など未だに見出せない。
 それでも身体は意思が無いままに赴く。それが正しいのか間違っているのかさえ解らないまま。
 一仕事終えて、満足げに見つめてくる聖獣の頭を撫でると、自分の手の冷たさに改めて気づく。
「お前も馬鹿だよな」
 なんでこんな俺の傍に居るんだ。そう訊ねたら、「ご主人様が好きだからですの!」と即答された。今の自分にとってそれだけが唯一、以前と変わりないものだ。
 そんな詮無い考えを鎮めて、パッセージリングの前に立ち止まる。
「――ユリアの縁者じゃないと駄目なんじゃないのか?」
『正確には"私と契約した者"の、だ』
「そうか」
 頭に直接響くローレライの声に応えて、譜石に翳すのは剣の容を模った"鍵"。障気を孕んだ第七音素が一度剣先に集い、空中に霧散する。そして上空に現れたのは巨大な円形の立面図と、警告の文字。
『私にはお前の考えが解らない。どうせこの世界は近い未来には滅ぶ』
「そんな事はどうでもいい」
 本当にそう思った。どうせその未来が訪れる前にこの存在は『吸収』されてしまうのだ。
 そう思うのだが、それならどうしてと問われれば返すべき言葉は浮かばない。何の想いも思惑も無いのに、身体だけは何故か明確な行き場を知っているかのように。
 両手を立面図に向け、超振動を解き放つ。第三セフィロトの図を取り囲む赤い輪を消し去ると、リングが光の粒子に塗れる。
『ならば尚更理解できないな』
「理解されたいわけじゃない」
 他人から理解されようなんて愚かな考えは、あの日に捨てた。それと同時に、何かを求める事も望む事も無駄だと識った。
「――行くぞ」
 懐かしいなどと、もうそんな温い気持ちでは迎えられない気配を感じて、息を吹き返したパッセージリングに背を向ける。予想以上に早く辿り着いた人影に、長居しすぎた事に舌打ちして身を隠した。
「大佐っ! パッセージリングありました!」
 息を切らしながら駆け込んだアニスに続いて、焦燥を露わにした仲間がリングの前で立ち止まる。
「え、でも……起動、してる?」
「……そのようですね」
 状況を理解した途端、其々の口から安堵の溜め息が零れる。それに対して抱く感情も感慨も、既に持ち合わせてはいない。
 誰かを助けようとだとか、誰かに認められようだとか、あのまま外郭大地に戻っていたのなら思ったのかもしれなかった。だけど違うのだ。あの頃とは何もかもが変わってしまった。
「よかったぁ。アルビオールの初号機が無いって言われた時はもうダメかと思ったよ〜」
「やはり、アッシュ、なのでしょうか……」
「『紅い髪の神託の盾』で、こんな事するっていったらアッシュしかいないじゃん」
「まだ中にいるのかしら?」
 アニスの棘のある言葉に、他人事のように納得する自分を自嘲しながら、気配を完全に殺して出口へ向かう。本来なら立ち去った後に行動するべきだが、苛々と波立つ感情の所為で居場所を探られるよりマシだ。
 少し離れた場所に着けたアルビオールに乗り込むと、操縦士のギンジが窺うように見つめてきたが目を伏せるだけで応える。
 半ば強引に連れて来たにも拘わらず、人の好い純粋な笑顔で頷くギンジに居心地の悪さを覚える。いっそ詰られた方が楽だった。
「早めに戻ってくれ」
 それだけ告げると、シートに沈んだ身体を妙な気だるさが支配する。ひょこりと現れたミュウの不安そうな目を手で塞げば、抗議するようにジタバタと暴れた。
「本当、変わらないな」
 お前だけは。
 それが結局声になったかは解らないまま、倦怠感に任せて目を閉じる。刹那、繰り返されるフラッシュバック。
 目的が無いから、どこにも果てが見つからない。時間は確実に削られているのに終わりが見えない。
 最早自分で命を断つ事すら諦めてしまったのに、まるで傀儡の如く身体だけが何かを知っているかのように。
 それならば――。
「いっそ全部壊してくれ……」
 気を失うように眠りに落ちた本人すら聞かぬままの呟きを聞いたのは、誰よりも寄り添う聖獣と、本質を見抜く純粋さを持ったひとりの操縦士だけだった。
07/09/08